被保佐人さんが会社を辞める場合に保佐人の同意は必要か
2018.08.10
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社会保険労務士の徳本博方です。
今回は、被保佐人さんが会社を辞める場合に、保佐人の同意が必要なのかという点(裏を返せば、保佐人が取消権を行使できるのか)という問題を考えたいと思います。
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まずは、保佐人制度の概要を説明します。
保佐人制度は法定後見制度の一類型で、「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者」について、当事者等の申立によって、家庭裁判所が保佐開始の審判をすることによりスタートします(民法11条)。
保佐開始の審判を受けた者は「被保佐人」として、これに「保佐人」が付されます(民法12条)。
なお、少し表現がややこしいので、以下被保佐人を「本人さん」と表現します。
そして、保佐人制度の場合、本人さんが民法13条1項各号の行為をする場合には、保佐人の同意が必要で、同意のない行為は保佐人によって取消ができるのが原則です(民法13条4項、120条1項)。
どのような行為が保佐人の同意権の対象になるかというと、たとえば、貸したお金を返してもらうこと(「元本を領収」すること。民法13条1項1号)や他人の借金の保証人になること(「保証をすること」民法13条1項2号)などです。
このような行為をする場合には、本人さんや相手方はあらかじめ保佐人の同意をもらっておかなけばなりません(もし、同意をもらっていない場合には、あとになって保佐人の判断で取消されることがあります)。
逆を言えば、そもそも保佐人の同意権や取消権の対象になっていない事項は、本人さんは単独で有効な法律行為ができるということです。
保佐人制度の本人さんは、成年後見の場合よりも、現有能力が高いので、すべての行為を同意権や取消権の対象にはせずに、原則として民法13条1項各号の事項に限定しているということです(なお、これらの対象の範囲を拡張することもできます)。
では、今回の本題なのですが、本人さんが会社を辞めたいと申し出たときに、保佐人の同意権(取消権)の対象になるのかという点について考えてみましょう。
会社を辞める意思表示には、合意解約(労使合意の雇用契約の解約)と辞職(労働者からの一方的な雇用契約の解約)がありますが、いずれも民法の意思表示の規定が適用されます。
つまり、これらが、民法13条1項各号のいずれかに該当するかどうかで、本人さんが単独でできるのか、保佐人の同意が必要なのかが決まるということです(ここでは、特段の同意権の範囲の拡張や代理権の設定はないものとします)。
民法13条1項には1号から9号までがありますが、一見すると、「雇用契約」の解約に該当するものはなさそうです(なお、改正民法では10号が新設されますが、これも「雇用契約」とは直接関係はなさそうです)。
ただ、筆者が気になったのは、家庭裁判所の出している書式やハンドブックなどのなかには、民法13条1項3号(以下「3号」といいます)の解釈に「雇用契約」が含まれるとされているものがあるのです。
そこで、3号をみてみると、「不動産その他の重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」とあります。
とすれば、「その他の重要な財産に関する権利」に雇用契約が該当し、その「得喪」(締結や解約)には同意が必要ということになり、雇用契約の解約にも、3号が適用されるのではないか?という疑問が出てきます。
結論を先に言えば、3号に会社を辞める意思表示は該当しないものと考えられています。
ここで「雇用契約」と言っているのは、「相当な対価を伴う有償の契約であって、他人の労務の提供を受ける契約」のことで、委任契約や寄託契約等と同列の例示として雇用契約があがっていると考えられるからです。
つまり、相当なお金を払って他人を雇う場合には、保佐人の同意が必要ということなのでしょう(余談ですが、介護契約や施設入所契約等の身上監護を目的として他人の労務の提供を受ける役務提供契約についても、相当の対価が必要であれば、3号の対象になるということです)。
念の為に、家庭裁判所にも確認をしてみましたが、本人さんの会社を辞める意思表示に保佐人の同意は不要という見解でした。
そうすると、本人さんが軽率に(保佐人の同意なしに)行った会社を辞める意思表示も、保佐人は取消ができないということにもなります(意思無能力や意思表示の瑕疵・欠缺の場合は別ですが)。
もしも同意権や取消権を行使したいのであれば、あらかじめ同意権の範囲の拡張や代理権の設定が必要になってくるのでしょう。
以上は、本人さんが自主的に会社を辞める場合の話ですが、最後に解雇の場合についても考えてみましょう。
解雇とは、使用者による労働契約(雇用契約)の解約を言いますが、本人さんだけに対して解雇が告げられた場合に、その効力はどうなのか(保佐人にも解雇を伝えないといけないのか)という問題が考えられます。
この点は、保佐人制度の本人さんは意思表示の受領能力がある(単独で有効に意思表示を受けることができる)とされています(民法98条の2において、被保佐人が規定されていない)ので、解雇を保佐人に伝える必要まではないということになるのでしょう。
もっとも、本人さんが解雇の意味を本当に理解しているのかわからない場合もあるでしょうから、できるだけ保佐人の理解や協力を得たうえで解雇手続きを進めた方が、不要なトラブルの防止になることは言うまでもありません。
以上、本人さんが会社を辞める場合に、保佐人の同意が必要なのかという点について検討しました。
保佐人制度の本人さんは現有能力がある程度高いので、一般就労をしているケースも少なくありません。
実際に保佐人をしていると、本人さんの就労の問題にかかわることが多いのはそのためです。
退職は本人さんの生活に大きな影響を与えるイベントですので、保佐人としては、しっかり本人さんと話し合い、フォローしていかなければなりません。
その際には、保佐人としての法律上の権限を確認しておくことも重要です。
筆者としては、社会保険労務士の専門性を活かして、就労に関しても、本人さんの希望にそって、その利益を確保していけるように、努力していきたいと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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