消えていく未支給年金

2017.08.07

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今回は、年金受給者が亡くなった場合の未支給年金について考えてみたいと思います。

 

成年後見業務をやっていると、残念ながら、被後見人さんがお亡くなりになることもあります。

被後見人さんの中には、国民年金や厚生年金などの老齢や障害の年金を受給されている人も多いので、そのような年金受給者がお亡くなりになった場合には、それらの年金の未支給部分(「未支給年金」といいます)が発生します。

そして、相続人がいるにもかかわらず、制度上、それらが支払われることなく消滅していく場面を多くみてきました。

どうしてこのような「消えていく未支給年金」が生じるのか、その点についてご説明したいと思います。

未支給年金が生じる理由

まず、未支給年金が生じる理由について、考えてみましょう。

確認ですが、公的年金は、月を単位に発生します。

仮に、月の途中でお亡くなりになった場合でも、その月の年金は1ヶ月分全部が発生します(日割り計算はしません)。

そう考えると、少し得した気分になりますが、実は、年金の支給の開始が、年金をもらえる事由が発生した月の翌月からなので、その分が後ろに下がってきたと考えれば、それほど得しているわけではないでしょう。

たとえば、1月10日に年金をもらえる事由が発生した人が、実際に年金をもらえるのは2月分からになります(1月分は発生しないということです)。

また、同じ人が10月10日に亡くなったとした場合、10月分の年金は全額もらえるというわけです。

そして、年金の支払いは、原則として偶数月(2月、4月、6月、8月、10月、12月)の15日に、その月前2ヶ月分を支払うという、後払い制なのです。

この2ヶ月分後払い制こそが、未支給年金が発生する大きな原因です。

なぜなら、偶数月の15日以後に亡くなった場合でも、必ず1ヶ月分が未支給年金になるからです。

たとえば、Aさんが、8月16日に亡くなったとします。

Aさんは、8月15日に支払われた年金によって、6、7月分の年金を受け取っているはずですが、そこには8月分は含まれてはいません。

つまり、少なくとも亡くなった月分は必ず未支給年金となり、年金が後払い制であるというシステム上、未支給年金は避けられないということになります。

そして、特に偶数月の15日前に亡くなった場合には、未支給年金が3ヶ月分にもなります。

たとえば、Bさんが8月14日に亡くなったとします。

Bさんは、8月分の年金までもらえるはずでしたが、その分はまだもらっていません(この点はAさんと同様です)。

また、Bさんは、8月15日に支払われるべき6月、7月分の年金もまだもらっていないうちに亡くなっています。

つまり、Bさんの未支給年金は6月~8月分の3ヶ月分ということになります。

なお、奇数月に亡くなった方の場合、その月分も含めて2ヶ月分の未支給年金が発生することになります。

このように未支給年金は、普通に年金を受給している人なら誰にでも起こりうることなのです。

未支給年金という言葉のイメージから、たとえば、生前に年金を請求する手続きを失念していて、時効にかかっていない年金をまとめて死亡後に請求するというようなケースを想定してしまいがちですが、そういう特別なケースだけではないということです。

未支給年金は誰がもらえるのか

では、未支給年金は、そのまま消滅してしまうのでしょうか。

さすがに、国もそこまで厳しいことはしていません。

ちゃんと、未支給年金を支払うシステムを用意しています。

ただし、そのシステムは、民法の相続とは異なります

日本年金機構のホームページの「年金を受けている方が亡くなったとき」に詳しく書かれていますので、詳細はそちらをご参照いただきたいのですが、「年金を受けていた方が亡くなった当時、その方と生計を同じくしていた、(1)配偶者 (2)子 (3)父母 (4)孫 (5)祖父母 (6)兄弟姉妹 (7)その他(1)~(6)以外の3親等内の親族」が、この順番で未支給年金を請求することができます(国民年金法19条、厚生年金保険法37条)。

民法の相続では、法定相続人は、配偶者は常に相続人とされ、子、直近の直系尊属(父母など)、兄弟姉妹の順で相続人とされていることから、順位もずいぶん違うことがわかるでしょう。

そして、民法の相続と決定的に異なるのは「生計を同じくしていた」という要件があることです(生計同一要件といいます)。

お気づきになった方も多いと思いますが、この生計同一要件こそ、「消えていく未支給年金」の原因なのです。

もっとも、たとえば、住民票上、同一世帯として暮らしていた方が、未支給年金を請求するのは、それほど難しいことではありません。

住民票の写しなどを提出すれば、原則として生計同一要件を確認することができます。

しかし、そうでない場合、生計同一要件を説明することに、手間をかけなければなりません。

たしかに、この生計同一要件は、生計の一部でも同一であれば足りるとされていますが、それを第三者(施設の関係者や民生委員、町内会長など)に証明してもらう必要があるのです。

これはなかなか、ハードルが高いのではないでしょうか。

今後、独居の高齢者が増加するにしたがって、住民票の写しを提出するだけで生計同一要件を確認できる人も減少していくと予想されます。

ましてや、法定相続人ではあるけれど、ほとんど付き合いのなかったような人の場合、生計同一要件を満たすことはできないでしょう。

このように、生計同一要件というのが、未支給年金の請求のハードルになっているのです。

未支給年金は相続の対象ではありません

では、生計同一要件を充たす未支給年金の請求者がいない場合、民法の相続の原則にしたがって、未支給年金は法定相続ができるのでしょうか。

結論から言えば、国民年金や厚生年金の場合には、法定相続はできません

国民年金法や厚生年金保険法が民法の相続とは別に未支給年金の規定を置いていることは、民法の相続とは別の立場から未支給年金の支給を認めたもので、相続とは別のものだという理由だと言われています(最判H7.11.7参照)。

たしかに、年金は一身専属(その人固有の)権利であると言われているので、相続にはなじまないと言われれば、そんなものかなとも思うのですが、それでも、システム上必ず未支給年金が発生する仕組みをつくっておいて、民法の相続より厳しい要件を課すというのは、なんとも腑に落ちないところではあります(民法の相続には生計同一要件はありません)。

この点については、争いのあるところですので、今後、裁判上何らかの変更があるかもしれませんが、今のところ、そのようなニュースは聞こえてきません。

なお、制度は異なりますが、労災保険においては、未支給の保険給付がある場合、死亡した受給権者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹(請求権者の順位はこの順)であって、受給権者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたもののうちの最先順位者が請求者となるのですが、そのような者が不在の場合、通達によって、民法上の相続人が未支給の保険給付を請求することができるとされているのは、興味深いところです。

このように、生計同一要件を充たす遺族がいない未支給年金は、相続の対象にもならないまま、消えていくことになります。

このような「消えていく未支給年金」の問題は、これから増加していくのではないかと思っています。

過って振り込まれた未支給年金は返金を求められることもある

たとえば、筆者が関わっているような法人後見の場合、第三者の成年後見人が選任される人の中には、ご親族と疎遠になっていらっしゃる人も少なくありません。

そのような人の場合、生計同一要件を満たす親族はほとんどいらっしゃいません。

つまり、未支給年金を請求できる人がそもそもいらっしゃらないのです。

そのような人の場合、未支給年金はそのまま消えていきます。

そのようなケースを何件もみていると、「消えていく未支給年金」が本当にフェアな制度なのか、考えてしまうことがあります。

もちろん、いわゆる「笑う相続人」の問題があることは知っていますが、そのことと、年金が保険システムを採用しているにもかかわらず未支給年金が消えていくという問題は別問題なのではないかと思うのです。

ましてや、たとえば、先の例の8月14日に亡くなったBさんのケースで、仮に8月15日に6、7月分の年金が振り込まれてしまった場合で、未支給年金の請求者がいない場合、原則として、Bさんの相続人はいったん支払われた年金を返金する作業まで必要になります

死亡日が偶数月の15日に近い場合には、死亡後に年金がそのまま振り込まれてしまうケースは珍しいことではありません。

相続人がちゃんと死亡届も出しており、別にだまして年金を受給しようという意図などなかったとしても、返金が必要になってくるのです。

そこまでいくと、相続人としては、押し貸しの被害にあったようなものです。

成年後見人としては、未支給年金の過誤払が生じないためにも、死亡後すぐに年金口座を凍結するなど対応が必要なのですが、一般の人の場合、そこまですぐに対応できる人はなかなかいないと思います。

未支給年金が、2ヶ月分の後払いであるというシステム上の問題であるなら、たとえば1ヶ月分の当月払に変更するなど、できるだけ未支給年金が発生しないシステム作りをしてほしいものだと思っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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