法律事務職向 覚えておきたい社会保険の基礎知識 ~交通事故編 その2~
2019.06.20
社会保険労務士と学ぶ 交通事故事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 休業損害①(休業損害に関係する社会保険給付の内容・適用範囲)
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社会保険労務士の徳本です。
筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。
今回は、交通事故編その2です。
ここでは、交通事故の休業損害に関係する社会保険について、筆者が実務上経験したことを交えて、2回にわけてお話ししたいと思います。
今回は、休業損害①として、健康保険の傷病手当金、労災保険の休業(補償)給付の2つを中心に、その内容や適用範囲などをみていきます。
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交通事故の休業損害と関係する社会保険給付は、①傷病手当金と②休業(補償)給付です
交通事故の休業損害に関係する社会保険給付には、主に①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の2つがあります。
①②のどちらとも、被保険者(労働者)が傷病の療養のために仕事ができずに賃金がもらえなかったときに、一定の要件を充たせば、もらえなかった賃金の一部相当額をもらえるという社会保険給付です(かなりざっくりとした説明ですが、支給要件などの詳細は、①については全国健康保険協会のホームページなどに掲載されていますし、②については厚生労働省のホームページなどに掲載されていますので、そちらでご確認ください)。
そうすると、①②の原因が交通事故である場合には、交通事故の休業損害と①②の社会保険給付の対象範囲が重なることになります。
そこで、交通事故の休業損害を請求する際には、①②の社会保険給付の知識が必要になってくるわけです。
休業による賃金の減少は被害者の家計を直撃しますので、加害者(の自動車保険)からの休業損害の支払いを待たずに、被害者が①②の社会保険給付の手続きを先行させていることもあります。
社会保険給付の手続きを先行させること自体は問題はないのですが、交通事故の被害者側の受任をした際には、依頼者が①②の社会保険給付の手続きをしているかどうかを早めに確認しておく必要があります。
同一の交通事故を原因とした休業による賃金の損害を填補するという意味では、損害賠償の休業損害も、①②の社会保険給付も同じですので、休業損害の計算の際に損益相殺の必要が生じるからです。
筆者はこれまでに複数の法律事務所で事務職員をやっていた経験があるのですが、社会保険給付との関係でいえば、通勤中の交通事故に関してのご依頼が多かったように思います。
通勤は毎日のことですから、通勤中に交通事故に遭う可能性が高いからでしょう。
そして、そのような通勤中の交通事故の場合、労災保険の対応が終わってから、損害賠償については弁護士に依頼するというケースがほとんどでした。
最初のころはそのことに気付かずに、休業損害の計算がひと通り終わったあとで、ようやく②労災保険の休業給付を受けてたことに気付いて、あわてて損益相殺を再計算したこともありました(単なる筆者の確認ミスなのですが)。
社会保険の知識がないとそういうことにもなりかねませんので、通勤中の交通事故の場合には、労災保険との関係に特に注意していただければと思います。
これに対して、①健康保険の傷病手当金については、あまり経験したことがないように思います。
今思えば少し不思議な気もしますが、もしかしたら、①の適用範囲が②に比べて狭いことが関係しているのかもしれません(適用範囲については、あとで述べます)。
いずれにしても、法律事務職としては、依頼者が①②の社会保険給付を受ける(受けている)可能性があるのかどうかを知っておくことが大切です。
そこで、今回は①②の社会保険給付を受けることはできるのはどんな人なのかということを中心にお話ししたいと思っています。
傷病手当金はすべての公的医療保険に設けられている制度ではありません
「傷病手当金」は公的医療保険に設けられている制度ですが、すべての公的医療保険に傷病手当金の制度が設けられているわけではありません。
傷病手当金の制度がある公的医療保険としては、会社員などが加入する「健康保険」や公務員などの各「共済組合」があります(なお、国民健康保険組合の国民健康保険にも傷病手当金がある場合があります)。
そして、「健康保険」は、全国健康保険協会(いわゆる「協会けんぽ」)が保険者である場合と、大企業などの健康保険組合が保険者である場合に分かれます。
これらの中で基本となるのが、協会けんぽの健康保険の傷病手当金です。
健康保険組合の健康保険では支給額の上乗せや支給期間の延長がなされる場合がありますし、同様に公務員の各共済組合の傷病手当金も似たようなところが多いですが、法律事務職のための社会保険の基礎知識としては、まずは協会けんぽの健康保険が理解できていれば十分だと思います。
そこで、ここでは「①健康保険の傷病手当金」といった場合には、協会けんぽの健康保険の傷病手当金のことを指すことにします。
これに対して、公的医療保険の中でも、都道府県・市町村の国民健康保険や原則75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度には、傷病手当金の制度がないのが一般的です。
健康保険の適用事業所ではない事業(たとえば従業員が5人未満の個人事業)に勤務する人や、フリーランスなどの個人事業主、アルバイトや非正規雇用で健康保険の要件に該当しない人などは、都道府県・市町村の国民健康保険に加入していることが多いですが、その場合、傷病手当金はもらえないということになります。
個人的な感想を言わせてもらえれば、こういった人たちも「働く人」という意味では、健康保険等の被保険者と同じはずなのですが、こういうところで差が出るのはどうにかならないものかと思うところではあります。
加害者のいる交通事故に関しては、最終的には加害者(の自動車保険)から休業損害は賠償されますが、加害者のいない自損事故などの場合には、傷病手当金がもらえるかどうかの差は大きいと思います。
①健康保険の傷病手当金をもらえるのはどんな人でしょうか
①健康保険の傷病手当金を受給できる人は、健康保険の適用事業所に勤務する被保険者本人です。
ここで注意が必要なのですが、個人事業主の場合には、その事業が健康保険の適用事業であったとしても、事業主本人は健康保険の被保険者にはなれないという点です。
たとえば、いわゆる法定16業種の個人事業主で、従業員が5人以上いれば、その事業所は強制適用事業所になります。
この場合、従業員は健康保険の適用事業所に勤務する被保険者本人として傷病手当金が受給可能ですが、事業主本人は被保険者ではないので、傷病手当金は支給されないということです。
身近なところでいえば、弁護士が個人経営している法律事務所の場合を思い浮かべてください。
個人経営の法律事務所は法定16業種には該当しませんが、任意適用事業所になることはできます。
その事務所が任意適用事業所となり、事務職員が健康保険の被保険者であったとしても、ボス本人は健康保険の被保険者にはなれないということです。
これに対して、会社代表者や役員であっても、労務の対償として報酬を受けている人は、健康保険の被保険者になりえますので、その場合には傷病手当金の受給可能性はあります。
先ほど例としてあげた法律事務所が弁護士法人化した場合には、ボスも法人代表者として健康保険の被保険者になりえるということです。
ただし、会社役員等の報酬は療養中も減額されないことが多いので、その意味で傷病手当金の要件をみたさずに受給できないことが多いのが実際です(ちゃんと報酬が出ているのですから、傷病手当金をもらえないのは当然なのですが)。
また、治療費で健康保険を使っている人であっても、被扶養者(被保険者の配偶者や子など)や任意継続被保険者には、傷病手当金は支給されませんので、こちらもあわせてチェックしておいてください。
②労災保険の休業(補償)給付をもらえるのはどんな人でしょうか
次に労災保険についてですが、労災保険の対象は、業務災害と通勤災害に分かれます。
たとえば、取引先への移動中のように勤務中に交通事故に遭ったような場合が業務災害で、出勤や帰宅時に交通事故にあったような場合が通勤災害だと考えてください。
労災保険の休業に関する給付には、業務災害の給付である「休業補償給付」と通勤災害の給付である「休業給付」に分かれますが、内容はほとんど変わらないので、ここではあわせて②労災保険の休業(補償)給付としておきます。
②労災保険の休業(補償)給付は、適用労働者(適用事業所に使用される労働者で、事業主との間に使用従属関係を有し、賃金を支払われる者)であればもらえるのが原則です。
雇用形態にはかかわりませんので、健康保険の被保険者に該当しない人(従業員5人未満の個人事業に勤務する人や、アルバイトや非正規雇用で健康保険の要件に該当しない人など)であっても、適用労働者であれば②労災保険の休業(補償)給付はもらえます。
この点、フリーランスなどの個人事業主は適用労働者ではないため、②労災保険の休業(補償)給付はもらえないのが原則です。
また、会社役員については適用労働者になる場合がありますが、代表者については適用労働者にはなりません。
つまり、会社代表者の場合、①健康保険の傷病手当金はもらえる可能性がありますが、原則として②労災保険の休業(補償)給付はもらえないということになります。
なお、どんな人でも加入できるわけではないのですが、個人事業主や会社代表者、適用労働者に該当しない会社役員などのために、労災保険には「特別加入」という制度があります。
特別加入をした場合には、②労災保険の休業(補償)給付ももらえますが、その算出方法や要件などで、適用労働者とは異なった扱いをします(発展的な内容になりますので、ここでは省略します)。
①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲をまとめてみましょう
①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲を簡単に図式化すると、次の図1のようなイメージになります。
赤色の円が①健康保険の傷病手当金の適用範囲で、青色の円が②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲だと思ってください。
(A)の部分は、労災保険の適用労働者ではあるものの、健康保険の被保険者に該当しない人(従業員5人未満の個人事業に勤務する人や、アルバイトや非正規雇用で健康保険の要件に該当しない人など)です。
(B)の部分は、労災保険の適用労働者であり、かつ健康保険の被保険者でもある人(健康保険の適用事業所の正社員など)です。
(C)部分に該当する人はあまりいないのですが、労災保険の適用労働者ではない、健康保険の被保険者(会社代表者や役員の一部など)です。
そして、この二つの円の外側にいるのが、個人事業主や雇用されていない主婦、学生などの人たちです(主婦や学生でも、雇用されて働いている場合には(A)や(B)の部分に該当します)。
まれにパートやアルバイトで働いていた人が、業務中や通勤中に交通事故に遭って、本来は(A)に該当しており労災保険の対象であるにもかかわらず、そのことを知らずにいることがあります(事業主でさえも知らないことがあります)。
ほとんどの場合には、受任時に弁護士の先生が確認されているとは思いますが、依頼者が労災保険についてまったく知識がなく、そういった情報を先生に伝えていないこともありえます。
法律事務職が依頼者とのやりとりの中でそういった情報を聞いた場合には、すぐに先生に伝えるようにしてください。
ところで、(B)の部分では、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲が重なっています。
健康保険の被保険者本人が、業務中や通勤中に交通事故にあって、仕事を休んだような場合です。
そのような場合、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の両方がもらえるのかといえば、そのようなことはありません。
同一の交通事故においては、②労災保険の休業(補償)給付が使える場合には、①健康保険の傷病手当金は使えないという関係にあるのです。
労災保険が適用される業務災害や通勤災害には、健康保険は使えないからです(例外的に(C)に該当する小規模な法人役員が健康保険を使える場合もあるのですが、細かいのでここでは省略します)。
ところで、①と②の関係をネットなどで調べると、②労災保険の休業補償給付を受けている期間は業務外の傷病について①健康保険の傷病手当金はもらえない(①とくらべて②の方が少ない場合にはその差額しかもらえない)というような情報をみつけることがあります(昭和33.7.8保険発95号の2)。
この情報は正しいのですが、一見すると、①と②が併給できることを前提にして、その調整をしているように誤解されることがあります。
実は筆者も社労士試験の勉強をしていた最初のころには、この点を誤解していました。
しかし、よく読むとわかるのですが、これは①と②が別の原因から生じたような場合(業務災害で休業中に、プライベートで交通事故に遭ったようなケース)を想定しているのであって、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付が当然に併給されることを前提にしているわけではありません。
あくまでも、同一の交通事故から生じた休業に関しては、その原因が業務災害・通勤災害であれば②労災保険の休業(補償)給付が、それ以外の原因(プライベートで外出中に交通事故に遭ったような場合)であれば①健康保険の傷病手当金が給付されると理解しておいてください。
①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付はいつまでもらえるの?
支給期間についても確認しておきましょう。
まず、①健康保険の傷病手当金は、支給を始めた日から起算して1年6月が限度とされます。
この支給期間中に出勤可能となって賃金をもらった期間があった場合でも、1年6月は延長されません。
また、傷病手当金を受給し始めたのちに会社を辞めて被保険者の資格を喪失した場合であっても、一定の要件をみたせば、この1年6月は引き続き傷病手当金をもらえます。
ただし、資格喪失の際に傷病手当金をもらっていることが必要なので、会社を辞める最終日に出勤扱いになっていると、その後の傷病手当金をもらえなくなるので注意が必要です(豆知識として覚えておいてください)。
これに対して②労災保険の休業(補償)給付の場合には、支給期間に制限はありません(支給期間中に会社を辞めたような場合でも続きます)。
「治ゆ」(完治という意味だけでなく、症状固定も含まれます)するまで続きます。
なお、療養の開始後1年6ヶ月経過日または同日後において、症状固定をせずに、傷病等級(1~3級)に該当する場合には、休業(補償)給付から「傷病(補償)年金」という給付に変わります(傷病等級(1~3級)に該当しない場合には、治ゆするまでは②労災保険の休業(補償)給付が継続します)。
ただ、社労士試験を受けるような場合には、傷病(補償)年金もしっかり勉強しなければいけませんが、交通事故の場合、傷病等級(1~3級)に該当するようなケースでは、療養の開始後1年6ヶ月以内に症状固定していることが多いので、まずは休業(補償)給付を押さえておけば十分だと思います。
さいごに
今回は、休業損害に関係する①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付について、どんな人が対象になっているかについてお話ししてきました。
多様な働き方が認められるようになってきたため、どのような公的医療保険に入っているかも一律ではなくなってきました。
兼業や副業といった働き方もそれほど珍しいものではなくなっています。
法律事務職の皆さまは、まずは、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の基本的なところを押さえたうえで、他のケースに応用してみてください。
次回は、「休業損害②」として、受給額(いくらもらえるのか)や交通事故の休業損害との損益相殺の問題についてお話ができたらと思っています。
この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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