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これでわかる! 休業手当が月給の6割にならない謎を解く

休業手当が思っていたより少なくなる仕組みを社会保険労務士が解説

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大防止のための休業によって、会社から休業手当をもらうことになる人もいらっしゃることと思います。

昨今の報道のおかげで、労働基準法26条によって、「使用者の責めに帰すべき事由」で休業した場合には、労働者に休業手当として「平均賃金の6割以上」を支払わなければならないということが、今までになく周知されてきているように感じています。

しかし、実際に休業手当を受け取ってみると、思っていた金額よりもずいぶん少なくておどろいたというケースを聞くことがあります。

どうしてそのようなことが起こるのか、社会保険労務士である筆者が具体例をあげて解説していこうと思います。
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法定の休業手当は「月給の6割以上」にはならない

今回は月給制の場合の休業手当の計算をしていきます。

仮にAさんが2020年4月全日を休業したとします。

Aさんの給与などの設定としては、

  • 月給:20万円(毎月末日〆)
  • 休日:土日祝祭日
  • 3ヶ月間(1~3月)の賃金総額:60万円
  • 3ヶ月間の歴日数(1~3月):91日
  • 休業手当の率:60%

ということにしましょう。

Aさんの給料は月給20万円なのですから、休業手当はその6割の12万円になるのかなって思ってる人はいませんか?

むしろふつうはそう思いますよね。

新聞やニュースなんかでは「6割以上」って言っているのですから。

でも、必ずしもそうはならないのです。

これからその仕組みを説明していきます。

 

1ヶ月分の休業手当の計算

Aさんの4月分の休業手当を計算してみましょう。

労働基準法26条によれば、休業手当は「平均賃金の6割以上」とされています。

法律上は「月給の6割以上」とか「給料の6割以上」などと定められているわけではありませんので、ここは要注意です。

そして、休業手当の計算の基礎となる「平均賃金」とは、事由の発生した日以前の3ヶ月間の賃金の総額をその期間の総日数(=暦日数)で割った金額をいいます。

 

とすると、Aさんの平均賃金は、

60万円÷91日=6593円40銭(端数処理済)

となります。

Aさんの休業手当は、この平均賃金に60%をかけて計算していくことになります。

 

そうすると、Aさんの4月分の休業手当は、平均賃金の30日分の60%ということで、

6593円40銭×30日×60%=11万8681円(端数処理済)

になるのでしょうか。

まあこれなら、月給20万円の6割である12万円には少し足りないけど、誤差の範囲内かなって思えます。

しかし、違います。

まだまだ安くなっていきます。

 

実際には、Aさんの4月分の休業手当は、

6593円40銭×21日×60%=8万3077円(端数処理済)

となります。

 

「え、こんなに少ないの!?」とおどろく人もいるかもしれません。

月給の20万円からしたら実に41%程度の金額にしかならないのですから。

しかも、ここから各種社会保険料などが控除されるのです。

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どうしてそのようなことになるのでしょうか。

その理由は、休業手当は休日には支払う必要がないからです。

2020年4月は、日曜日4日、土曜日4日、祝日1日ですので、Aさんの休日は9日あります。

ですので、休日9日分を暦日30日から引いた21日(所定労働日数)がAさんの4月の休業手当を支払うべき日数となります。

その結果、月給からしたら6割どころか4割程度にしかならないということになるのです。

このように、休業手当を「月給の6割」とイメージしていたら、休業手当が思いのほか少なくなるという結果が生じうるので、注意が必要です。

 

さいごに

休業手当をもらうことは社会人経験の中でもそう頻繁にあることではありません。

今回の新型コロナウイルス感染症の件で初めて経験するという人もいることでしょう。

漠然と「休業手当は月給の6割」というように考えていると、実際の金額におどろいてしまうこともありえます。

法律上の休業手当は休日にはもらえないという点を知識としてしっかり理解していただければと思います。

もちろん、労働者に有利になるように、就業規則などでこれを上回る休業手当を支払うことを定めても問題はありません(むしろ経営者さんにはそのように対応していただいきたいところです)。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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いまだから知りたい休業手当と傷病手当金 誰がどんなときにいくらもらえるの?

休業手当と傷病手当金の違いを社会保険労務士がわかりやすく解説

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

今回は会社員が会社を休んだときの所得補償のお話です。

最近は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響もあって、にわかに注目が集まっている話題だと思います。

投稿日現在、厚生労働省のホームページにも「新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)令和2年3月11日時点版」が設けられ、「2 労働基準法における休業手当、年次有給休暇」において休業手当や傷病手当金のことにふれられています(くわしくはこちら)。

とくに、問1では新型コロナウィルスに感染して休む場合の質問が設定されていて、そこでは「都道府県知事が行う就業制限により労働者が休業する場合には、一般的には休業手当は支払われないが、要件を充たせば被用者健康保険(健康保険など)の傷病手当金が給付される」との趣旨の回答があります。

そこで今回は、休業時の所得補償について「誰が、どんなときに、いくらもらえるのか」を休業手当と傷病手当金を例に比べてみようと思います。

なお、ここでの傷病手当金は、全国健康保険協会(協会けんぽ)の健康保険のものを取り上げていますので、健康保険組合(組合健保)などの被保険者の場合にはご加入の保険者のホームページなどをご参照ください。
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そもそも休業手当と傷病手当金ってなに?

休業手当と傷病手当金の制度の概要をご紹介しましょう。

  • 休業手当:会社の都合(使用者の責に帰すべき事由)で休業した場合に、会社(使用者)が社員(労働者)に支払う手当(労働基準法26条)
  • 傷病手当金:社員(被保険者)が病気やケガの治療(療養)のために、仕事ができなくなった場合に、保険者から支給される保険給付(健康保険法99条)

ここで注意したいのは、休業手当は会社が社員に直接支払うものですが、傷病手当金は保険者(協会けんぽなど)が被保険者に給付するものですので、お金を払う主体が異なっています。

つまり、休業手当は会社の負担ですが、傷病手当金は健康保険の保険給付として行われる(会社の直接の負担なし)ということです。

 

誰がもらえるの?

どのような人が休業手当や傷病手当金をもらえるのかをみてきましょう。

  • 休業手当:労働者(職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者。労働基準法9条)
  • 傷病手当金:被保険者(健康保険に加入している本人)

休業手当がもらえる労働者は、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトなども含みます。

これに対して、傷病手当金は健康保険に加入している本人にしか支給されません(パートタイマーやアルバイトは健康保険に加入できないケースが多いので、その場合には対象から外れてしまいます)

 

どんなときにもらえるの?

どのようなときに休業手当や傷病手当金はもらえるのかをみていきましょう。

  • 休業手当:使用者の責に帰すべき事由による休業があったとき(企業の経営者として不可抗力と主張できない一切の場合)
  • 傷病手当金:①業務外の事由による病気やケガの療養のための休業であること、②仕事に就くことができないこと、③連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと、④休業した期間について給与の支払いがないこと、の①~④をすべてみたしたとき

休業手当が発生する「使用者の責に帰すべき事由」は不可抗力でない場合を広く含んでいるので、業績不振による休業の場合だけでなく、親工場の経営難から下請工場が資材や資金を調達できなくなって休業した場合なども広く該当します。

そうだとすると、新型コロナウイルスの感染防止のために、会社が自主的に休業するような場合には、「使用者の責に帰すべき事由」に該当するといって差し支えないでしょう。

しかし、社員が新型コロナウイルスに感染しており、都道府県知事が行う就業制限により休業する場合は、一般的には「使用者の責に帰すべき事由」には該当しないとされています(新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)令和2年3月11日時点版 2問1参照)。

ましてや、微熱などの症状がある社員が、万が一の感染拡大を防止するために自主的に休業するような場合は「使用者の責に帰すべき事由」には該当しません(新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)令和2年3月11日時点版 2問2参照)。

 

これに対して、傷病手当金は、①業務外の事由による病気やケガの療養のための休業の場合に支給されますので、社員が新型コロナウイルスに感染しており、都道府県知事が行う就業制限により休業する場合も該当すると考えられます(上記①~④の要件をすべて充たす必要があります)。

また、微熱などの症状がある社員が、万が一の感染拡大を防止するために自主的に休業するような場合(かつ結果として感染していなかった場合)については、②仕事に就くことができないことという要件が問題になります。

傷病手当金は自宅療養の場合でももらえますが、これは症状次第というほかありません。

とくに、軽微な症状にすぎない場合(かつ感染していない場合)に、②仕事に就くことができないといえるのかという点は、難しいところもでてくるでしょう(このあたりは保険者に柔軟に対応してほしいところですが)。

 

なお、新型コロナウイルスへの感染が業務災害や通勤災害と認定された場合には、労災保険の休業(補償)給付が支給されるので、健康保険の傷病手当金は支給されません。

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いくらもらえるの?

休業手当や傷病手当金はいくらもらえるのかをみてきましょう。

  • 休業手当:平均賃金の6割以上
  • 傷病手当金(1日):支給開始日以前の継続した12ヶ月間の各月の標準報酬月額を平均した額÷30×2/3

休業手当の計算の基礎となる「平均賃金」とは、事由の発生した日以前の3ヶ月間の賃金の総額をその期間の総日数(=暦日数)で割った金額をいいます。

賃金の総額には、時間外・深夜や休日の割増賃金や通勤手当などの各種手当も含まれますが、3ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)は含まれません。

 

これに対して、傷病手当金の計算の基礎には「標準報酬月額」を用います。

標準報酬月額とは、被保険者が事業主から受ける毎月の給料などの報酬月額に基づいて、区切りのよい幅で区分したものです(健康保険は第1級の5万8000円から第50級の139万円までの全50等級に区分されています)。

標準報酬月額には、賞与の額は反映されていませんし、いったん決まれば原則1年間は変わらないので、直近の割増賃金なども必ずしも反映されていません。

 

具体的な金額をみてみましょう。

たとえば、継続する12ヶ月間の標準報酬月額の平均が20万円の人が、3ヶ月間(暦日数91日)の賃金の総額が66万円だった場合、

  • 休業手当(1日):66万円÷91日×60%=4352円(端数処理済み)以上
  • 傷病手当金(1日):20万円÷30×2/3=4447円(端数処理済み)

となります。

 

なお、休業手当は、休日(労働契約上の労働義務のない日)には支払われません(休日に休むのは、使用者の責に帰すべき事由ではないからです)が、傷病手当金はいわゆる公休日にも支給されます。

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さいごに

この記事は、2020年3月15日時点の情報に基づいて書かれています。

政府は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために小学校等が臨時休業した場合等に、その小学校等に通う子の保護者である労働者に有給休暇(法定の年次有給休暇を除く)を取得させた企業に対する助成金を新設する旨を公表しています。

また、新型コロナウイルスの影響などで休業して休業手当を払う企業に対して、雇用調整助成金を拡充する政策も打ち出しています。

これらの政策は一定の評価ができるものだと思います。

しかし、今回みてきたように、微熱などの症状がある会社員が、万が一の感染拡大を防止するために自主的に休業するような場合には、休業手当も傷病手当金(症状にもよりますが)も難しいのが現状です。

このような場合には、会社に有給の病気休暇制度があればそれを使い、なければ社員の年次有給休暇を使うかしかありません。

このような場合の所得補償については、今後の政府の新たな対策が待たれるところですので、注視していきたいと思っています。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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会社都合の自宅待機で給料6割? なんでそうなるの??

労働契約の債権者主義と休業手当の関係を社会保険労務士が解説

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

経営不振のための休業といった、会社側の都合で自宅待機命令が出た場合、休業手当(労働基準法26条)が出ることは比較的知られています。

なお、新しく採用された人をある期間就労させないことを「自宅待機」、既に雇用されている人を一時的に休業させる場合を「一時帰休」と使い分けたりしますが、ここでは広い意味で「自宅待機」としておきます。

最近では、新型コロナウィルス(COVID-19)による感染症の予防的な休業なども話題になっています(社員本人が感染したわけではなく、会社が自主的に休業するような場合です)。

しかし、休業手当は平均賃金の6割以上と決められていますが、これを逆にいえば、4割までカットされるということです。

働いている社員側からしたら、いくら自宅待機で家にいるとはいえ、賃金の4割カットは経済的に正直しんどいところです(実は4割カットではすまないかもしれないという記事も書いています。興味のある人は「これでわかる! 休業手当が月給の6割にならない謎を解く」をお読みください)。

そこで、会社都合の休業で自宅待機を命じられた場合に、休業手当さえ払えば本当にそれでいいのかについて、社会保険労務士である筆者が解説していきたいと思います。

どうしてこんなことになっているのか、その仕組みをみてきましょう。

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ノーワークノーペイと債権者主義

社員に働く意思も能力もあるのに、会社の一方的な都合で休業となり、自宅待機を命じられた場合、賃金はどうなるのでしょうか。

この点、欠勤の場合にも全額賃金を払う完全月給制のような場合であれば問題は少ないのですが、通常は「欠勤控除」という制度があって、働いていない期間はその分の賃金は払いませんというルールを定めている会社が多いのが現状です。

これを、ノーワークノーペイの原則と言ったりします。

働いていないのだから、賃金がもらえないのは当然のような気がします。

とくに、天災などのどうしようもない事情がある場合や、まして社員側の都合で休んだような場合ならノーワークノーペイも納得ができるでしょう。

 

しかし、社員は働きたいのに会社の一方的な都合で休まされた場合にはどうでしょうか。

そのような場合にまでノーワークノーペイなのでしょうか。

このようなケースを、労働契約における「危険負担」の問題といいます。

会社の都合で社員が働くことを会社が拒絶した場合に、賃金の支払も同時に拒絶できるのかという問題のことです

このような危険負担について、民法は536条で定めています。

民法536条の危険負担の規定は少し表現がわかりにくいので、かなりざっくりいうと、休業が会社と社員のどちらの都合でもない場合には賃金は払わなくてもいいけれど(同条1項)、会社の都合で休業した場合には賃金の支払いは拒絶できない=全額払いなさい、と定めています(同条2項)。

この民法536条2項のことを、危険負担の債権者主義といいます。

つまり、民法では休業の理由によって、

  • 社員の都合や、会社と社員のどちらの都合でもない場合:ノーワークノーペイ(賃金なし)
  • 会社の都合の場合:賃金全額支払い

と定めているということです。

 

民法の債権者主義は就業規則に負ける?

このように、会社都合の休業でも賃金が全額支払われるのだとしたら、どうして休業手当で4割カットの話がでてくるのでしょうか。

それは、民法の債権者主義を定める規定が、「任意規定」とされているからです。

任意規定とは、契約当事者が民法とは別の定めをした場合には、その当事者間の定めの方が優先される規定のことです。

つまり、労働契約や就業規則(賃金規定)などにおいて、民法の債権者主義を排除する特約がある場合には、会社都合の休業の場合でも、賃金の全額払いをしなくてもよいということなのです。

就業規則をよく読んでみてください。

会社都合の休業の場合の規定があって、そこには休業手当として平均賃金の6割(以上)を支払い、民法536条2項の規定は適用しないというような内容が書いてないでしょうか。

その規定が特約となります。

民法の債権者主義の規定は、就業規則に負けてしまうのが原則なのです(なお、どのような場合でも休業手当さえ払えば、いつまでも一方的に社員を休業させられるわけではありません。この点は裁判例もありますが、この記事では本旨から逸れますので、詳しくは触れないでおきます)。

ただ、ここで注意が必要なのは、

  • 労働契約や就業規則などに規定(特約)がない場合には、民法の債権者主義が適用される(=賃金は全額払いとなる)

ということです。

ですので、有効な就業規則がないような会社であれば、会社の都合の休業の場合には民法の債権者主義によって、賃金が全額もらえる可能性が高くなります(民法の債権者主義が適用される場合かどうかは最終的には裁判所の判断になりますが)。

そのような会社で、「休業手当を6割払えばいいって、法律(労働基準法)で決まってるんだよ」なんていう使用者がいたとすれば、「ちょっと待った」をかけた方がいいでしょう。

ちゃんと根拠を確認したうえで、よく話し合ってください。

 

労働基準法の休業手当の規定はなんであるの?

ここまでの話をまとめると、「会社都合の休業は、民法では債権者主義で賃金全額払いになる可能性が高いけど、就業規則などの特約でこれを排除することができる」ということでした。

では、特約で債権者主義の規定が排除された場合には、ノーワークノーペイの原則によって、賃金は0円になるのでしょうか。

賃金というのは社員の生活を経済的に支えるとても重要なものです。

会社の一方的な都合で賃金を0円にされては、社員の生活はとたんに困窮してしまいます。

そこで登場するのが、労働基準法26条の休業手当です。

労働基準法26条は、会社都合の休業の場合には平均賃金の6割以上を休業手当として払うように定めています。

そして、この労働基準法26条の規定は、民法の債権者主義の規定と異なり、「強行規定」といわれています(労働基準法26条は、違反すると罰則もあります)。

強行規定は、当事者間の定めよりも優先されます(労働基準法の場合には、それを下回る規定は無効となり、労働基準法の規定が適用されます)。

なので、仮に労働契約や就業規則で「会社都合の休業の場合には休業手当を払わない」とか「休業手当は平均賃金の3割にする」というような定めをしたとしても、それらは無効となって、会社は社員に労働基準法にしたがって休業手当を支払わないといけないのです。

つまり、当事者間の特約で民法の債権者主義を排除するとしても、労働基準法26条が最低限度の基準を定めて、労働者を守ってくれているということです(そのおかげで、ノーワークノーペイにはできません)。

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会社の都合=使用者(債権者)の責に帰すべき事由とは?

ところで、今まで「会社の都合」という日常的な言葉を使って説明してきましたが、これを正確にいうと、「使用者(債権者)の責に帰すべき事由」といいます。

民法536条2項では「債権者」、労働基準法26条では「使用者」という表現の違いはありますが、いずれも「責に帰すべき事由」という表現を使っています。

先ほどみてきたように、労働基準法26条は、強行規定として最低限度の基準を定めて労働者を守ってくれているのですが、もう一つ、民法536条2項にくらべて、労働者を守ってくれている点があります。

それは、どのような事由が「使用者の責に帰すべき事由」にあたるのか(どのような場合に休業手当が必要なのか)という問題です。

この点については、判例(最判S62.7.17)によって、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」は、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広い範囲をカバーしているとされています。

一般的に民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」は、故意・過失または信義則上これと同視しうべき事由と限定的に解されていますが、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」は使用者側に起因する経営、管理上の障害までも含むとされているのです。

つまり、民法ではカバーしきれない部分(民法では賃金0円になってしまう部分)まで、労働基準法でカバーしてくれているということです。

たとえば、親会社の経営難によって下請け工場が資材や資金難になって休業したような場合には、会社(下請け工場)に故意や過失があるとまではいえない場合が多いでしょうから、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」とまではいえない場合が多くなります。

しかし、使用者側に起因する経営、管理上の障害とはいえるので、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」には該当するといわれています。

このように、労働基準法26条の休業手当は、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広い範囲をカバーすることで、労働者を守ってくれているのです。

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さいごに

これまでみてきたことをまとめると、次の図のようになります。

会社の都合による休業で賃金が4割カットになるというのは、経済的に大変なことだと思います。

しかし、労働基準法が、平均賃金の6割以上の休業手当を最低限度の保障として規定してくれているおかげで、0円にまで減らされることはないと考えることもできるのです。

それに、繰り返しになりますが、会社の一方的な都合での休業の場合、そもそも就業規則等に特約がないのであれば休業手当だけを払えばよいというわけではありませんし、就業規則等に定めていたとしても休業手当さえ払えばいつまでも休業できるというわけでもありません。

そういう意味では、本当に休業手当だけでいいのかを疑うことも大切だと思っています。

少なくとも、労働基準法で定められているから休業手当を6割払えば自由に休業してよいという考え方は、労働基準法の趣旨に反しています。

本来は、会社と社員とでしっかりと話し合いを行って、双方に納得のできる解決を探るべきところですが、どうしても納得ができない場合には弁護士などの専門家にご相談されることをお勧めします。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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法律事務所元職員の社会保険労務士からみた弁護士の労務管理スタイル

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

今回は、法律事務所元職員の社会保険労務士からみた弁護士の労務管理スタイルのお話です。

筆者は法律事務所職員として15年以上勤務してきました。

その間(現在も)公私にわたって、様々なタイプの弁護士の先生方と交流させていただいています。

そんな筆者が社会保険労務士となった今だからこそ言える、弁護士の労務管理スタイルについて述べたいと思います。

現在筆者は、小さな法律事務所のための労務管理システムをつくろうと企画しているのですが、それを考えている際に、ふと弁護士の先生方の労務管理スタイルは類型化できるのではないかと思いました。

事務職員という一方当事者的立場からみたものであり、偏った面や生意気に聞こえるところもあるかもしれませんが、法律事務所元職員である社会保険労務士の率直な印象としてご容赦いただけますようお願いいたします。

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4つの労務管理スタイルの類型

筆者は、弁護士の労務管理スタイルを、「コンプライアンスの徹底」(コンプライアンス意識)と「働きやすい職場環境」(職場環境の快適さ)の2つを軸にして、①朕は国家なりの絶対君主型、②上からの恩恵の啓蒙君主型、③革命をおそれる囚われの君主型、④さらなる発展を目指す立憲君主型の4つに類型化しています。

マトリックスに表せば、次の図のようになります。

 

簡単に各類型を紹介していくと、①コンプライアンス意識が低く職場環境も悪い絶対君主型(いわゆるワンマン経営でブラック化しやすいタイプ)、②コンプライアンス意識は高くないが職場環境も悪くはない啓蒙君主型(事務職員への福利厚生等を恩恵的に与えて満足しているタイプ)、③コンプライアンス徹底に汲々となって職場環境が良くならない囚われの君主型(コンプライアンスという手段が目的化して、かえって職場環境が窮屈になっているタイプ)、④コンプライアンスが徹底され職場環境も快適な立憲君主型(システムとしては理想的なタイプ)といった感じです

これらは歴史的な用語としては不正確なものですが、かつて西洋史をかじっていた筆者がイメージしやくするために、こういうネーミングにしています。

以下、その特徴をみていきましょう。

内憂外患「朕は国家なりの絶対君主型」

「コンプライアンス意識:低い / 職場環境:悪い」のカテゴリーが「朕は国家なりの絶対君主型」です。

このタイプの特徴は次のとおりです。

  • ボス弁護士が強力なリーダーシップの下に剛腕を振るっている
  • コンプライアンスは二の次で、独善に陥りやすい(いわゆるブラック化しやすい)
  • 契約自由の原則や憲法の営業の自由などを拠り所にして、労働法規規制を独自解釈している
  • 企業体としては、短期的に急成長する場合もある
  • 下で働く勤務弁護士や事務職員は社会正義・社会貢献に対する意識が高いので、それがかえって、「やりがい搾取」を許容する温床になっている
  • 「クライアントのサービス残業代を、サービス残業しながら計算している」といったブラックジョークが生まれる
  • 結果として内部からの反乱や離反も生じやすい。また、外部からは労働基準監督署の行政指導、弁護士会の懲戒処分、裁判所への訴訟リスク、そしてマスコミ世論からのブラック批判など、いつ何が起きるかわからない高リスクな状態が続く

このタイプはさすがに極端少数派です。

ブラック法律事務所とはシャレにもなりません。

しかし、まったくいないとは言い切れないのが残念なところです(悪魔の証明といいたいところですが、悪魔がひょっこり現れないとも限りません)。

限界が見える「上からの恩恵の啓蒙君主型」

「コンプライアンス意識:高くない / 職場環境:悪くない」のカテゴリーが「上からの恩恵の啓蒙君主型」です。

このタイプの特徴は次のとおりです。

  • 事務職員の福利厚生もそれなりに考えており、ときに法定以上のものを与えることもある
  • ただ労働条件通知書や就業規則などに、それらを制度化して明記することには消極的
  • 最低限の(どこかからコピペしてきた)就業規則などを備えることもあるが、形骸化したそれは実際には機能していない(いざ問題が起こったときには使い物にならない)
  • 36協定の締結・届出や法定帳簿の調整など、単純な手続面でさえも怠っている場合がある
  • 事務職員への福利厚生はどこか恩恵的なものと考えている傾向がある
  • ときに気分屋な面が出て、公平さに欠ける面もある
  • 旧司法試験で両訴必須だったり、法律選択科目でも労働法を選択していないなど、労働法規への馴染が薄く、場合によっては苦手意識を持っていることもある
  • ときに絶対君主型を批判して「名君」を自称している場合もあるが、傍から見れば「どっちもどっち」的な状態になっている
  • 自称「名君」ゆえに(事務職員からの信頼に根拠のない自信をもっており)、事務職員が本心では嫌がっていることに気づかない無自覚ハラスメントに陥る危険もある
  • 事務職員との関係が悪化した場合、コンプライアンス違反を攻められて守勢に回らざるを得ない

このタイプは意外と少なくない印象があります。

実際の中小・零細企業でも同様のタイプは見受けられますが、ことこれが法律事務所に至ってはいかがなものかと思わざるをえません。

啓蒙君主型のやっかいなところは、それなりに上手くいってる間は、問題が表面化してこないということです。

弁護士も事務職員もこの状態が悪くはないので、どこか「なあなあ」のまま現状が放置されていきます。

ただ、ひとたび問題が生じれば、コンプライアンス違反という点では絶対君主型と大きな違いはありません。

実際に啓蒙君主型の弁護士の先生とお話しをすると、このような問題意識を自覚してるケースも少なくありません。

啓蒙君主型は制度面が整備されれば、スムーズに立憲君主型に移行可能なのですが、多忙(優先順位)や心理的抵抗感を理由にして、なかなかに及び腰なのが現状のようです。

意識改革が望まれます。

そこまでしなくてもいい「革命をおそれる囚われの君主型」

「コンプライアンス意識:極めて高い / 職場環境:良くはない」のカテゴリーが「革命をおそれる囚われの君主型」です。

このタイプの特徴は次のとおりです。

  • 弁護士ゆえの慎重さから、コンプライアンス偏重主義に陥った状態
  • かつて事務職員が労働基準監督署に駆け込んだり、未払い賃金訴訟を起こしてきたりといった経験が契機となって、絶対君主型や啓蒙君主型から囚われの君主型に移行するケースもある
  • コンプライアンスの徹底には過剰なまでに余念がないが、規則や先例に拘束されすぎて柔軟性に欠ける
  • コンプライアンスそのものが目的化、硬直化してしまい、かえって働きやすい環境ややりがいのある職場をつくる妨げになっている
  • 「事務職員からいつ裏切られるかもしれない」という疑心暗鬼の心理状態から、事務所全体がギスギスした雰囲気になってしまうこともある
  • 規則さえ守ればよい(それ以上はやらなくてもよい)という風潮が生まれ、長期的には、事務職員の当事者意識やモチベーションが下がるおそれがある

コンプライアンスの徹底に汲々となって、かえって職場環境が窮屈になってしまうのが「囚われの君主型」です。

事務職員の自主性も損なわれ、結果として生産性が下がっていくといった弊害もあります。

息の詰まる職場は精神衛生上もよくないので、何事も極端にならないように気をつけたいものです。

事務職員の立場からすれば、啓蒙君主型の方がまだ働きやすい職場だといえます。

次はどこへ進む「さらなる発展を目指す立憲君主型」

「コンプライアンス意識:高い / 職場環境:良い」のカテゴリーが「さらなる発展を目指す立憲君主型」です。

このタイプの特徴は次のとおりです。

  • コンプライアンスを徹底し、働きやすい職場環境にも柔軟に対応できている理想的な状態
  • ボス弁護士は権限委譲を効率的に実践していて(「君臨すれども統治せず」?)、勤務弁護士と事務職員の協働も軌道に乗っている
  • ときにシステム構築に満足してしまい、現場感覚が疎かになるおそれもある
  • 「君臨すれども統治せず」はほどほどにして、次のステージ(「やりがいのある職場作り」)を実現するためのリーダーシップが求められる

本来、法律の専門家である法律事務所はすべてこの「立憲君主型」になっていることが望まれるところですが、実際のところはどうなのでしょう。

多数派であることは間違いないと思いますが、100%かと言われればそこまでは言い切れないところではないでしょうか。

いずれにせよ、コンプライアンスの徹底と働きやすい職場環境の構築ができている状態は素晴らしいことです。

もっともこれが最終形態ではありません。

「コンプライアンス徹底」「働きやすい職場環境」と実現できれば、次は「やりがいのある職場づくり」が待っています。

歴史上、立憲君主制が次の体制に移行していったように、現状に満足せず次のステージに進んでほしいと思います。

立憲君主型の目指すべき「やりがいのある職場づくり」とは

では、立憲君主型が次に目指すべき「やりがいのある職場づくり」とは何なのでしょうか。

実は、これこそが筆者の考えている小さな法律事務所のための労務管理システムのメインテーマです。

「やりがい」を実感するために必要な要素

「やりがい」そのものを明確に定義付けするのは困難なのですが、筆者は「やりがい」を実感するために必要な要素は、①「仕事への誇り」、②「報われる評価」、③「納得の待遇」、④「将来のイメージ」だと思っています。

法律事務所は、まさに社会正義の実現の場ですので、そこで働く事務職員が①「仕事への誇り」を感じていることはたしかだと思います(筆者の実感もそうでした)。

ただ、その他の②「報われる評価」、③「納得の待遇」、④「将来のイメージ」の3要素については更に検討していく必要があると思っています。

小さな法律事務所では、弁護士が事務職員に求めるレベルは事務所ごとに異なっています。

そのため、評価基準を一般化することは困難であり、オリジナルの評価基準が必要になってくるはずです。

しかし現実問題として、②「報われる評価」を実現する基準は用意されているのでしょうか。

そういった評価基準が整備されているところは多くはなく、評価の客観性や公平性に疑問が残るところです。

また、賃金体系にしても「いわゆる事務員さん」の賃金水準しか想定されていない場合もあります。

弁護士の補助として働く事務職員(パラリーガル)の賃金体系には、その事務所オリジナルの整備が必要になってきます。

③「納得の待遇」を実現する賃金体系の整備が不可避的な問題としてそこにあるのです。

そして一番深刻なのは、事務職員として働く10年先、20年先のイメージが描けないということです。

ロールモデルとなる人もいなければ、キャリアパスも明確になっていないからです。

筆者が事務職員として壁にぶつかったのもこの点でした。

「このまま働き続けられるのだろうか」という不安がいつも付きまとっていました。

個人的には、十分に評価していただき、身に余る待遇をいただいていたにもかかわらず、この不安は拭いきれませんでした。

キャリアパスを明確に提示されて、④「将来のイメージ」がちゃんと描けていれば、こういう不安も解消されたのではないかと、今になって思うところです。

求められるのは「やりがい」を実感できるオリジナルのシステム

これらの問題は相互に関連していて、どれか一つを解決すればよいというものではありません。

キャリアパスが明確になれば、それに応じた賃金体系もみえてくるでしょうし、そのための評価基準も決めやすくなるでしょう。

問題は、これらの解決には一般論は通用しないということです。

小さな法律事務所ゆえに、「やりがい」を実感するための、模範的な解答や一般的なモデルがないのです。

言い換えれば、「その事務所オリジナルのシステム」が必要であるということです。

弁護士が事務職員に求めるレベルが事務所ごとに異なっている小さな法律事務所では、当然の帰結といえるでしょう。

実のところ、これらの点については、筆者の中でもまだまだ練りきれていない部分が少なくありません。

ただ、これは法律事務所元職員の社会保険労務士だからこそできる仕事だと思って取り組んでいます。

これが完成すれば、立憲君主型の次に目指すステージとして相応しいものになるでしょう。

法律事務所の事務職員にとっての「やりがいのある職場」とは何なのか。

法律事務所ごとに求められるオリジナルの「やりがいのある職場」を追求していきたいと思っています。

各タイプ毎に取り組むべき労務管理の3つの土台

筆者は、「コンプライアンス徹底」「働きやすい環境整備」「やりがいのある職場づくり」という3つの労務管理の土台に支えられてこそ、法律事務所が企業体として継続的、安定的に成長していくものと考えています。

小さな法律事務所をそのまま維持する場合であっても、さらなる事業展開を模索する場合であっても、成長戦略を支えるオリジナルの労務管理は欠かせないものなのです。

そのためには、まず現在どのような労務管理のスタイルをとっているのかを認識し、絶対君主型や啓蒙君主型は「コンプライアンス徹底」から始め、囚われの君主型は「働きやすい環境整備」に力を入れて、立憲君主型は「やりがいのある職場づくり」に進んでいくというように、各タイプごとに順を追ってオリジナルの労務管理の土台を作っていく必要があると考えています。

法律事務所元職員の社会保険労務士としては、小さな法律事務所のために、このような土台作りのお手伝いをさせていただけないかと思って、その仕組みづくりの準備をしています。

そして、結果として、その法律事務所の発展に寄与できれば、これほど光栄なことはありません。

こういった取り組みが、これまでお世話になった先生方へのご恩返しになると信じて、これからも精進してまいります。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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