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給料から天引きされる社会保険料・天引きされない社会保険料

給料から天引きされる社会保険料と天引きされない社会保険料の違いを社会保険労務士が解説

社会保険労務士・オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

今回は、社会保険労務士である筆者が、給料から天引きされる社会保険料と天引きされない社会保険料の違いをご説明します。

「給料から国民年金保険料が引かれていないけど、大丈夫なのでしょうか?」

「労災の保険料って払ったことないけど、うちの会社は労災保険にちゃんと入ってるの?」

「親が介護保険料が高いって文句を言っていたけど、私は介護保険料を払ったことないかも・・・」

こういった疑問をもったことのある人はいらっしゃいませんか?

結論から言えば、これらの社会保険料は(間接的にでも)ちゃんと払われています。

それではご一緒に、どういう仕組みになっているのかみていきましょう。

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給料から天引きされる社会保険料

給料から天引きされない社会保険料が気になるのは、給料から天引きされる社会保険料があるからです。

最初に、給料から天引きされる社会保険料を簡単にまとめておきましょう。

給料明細の社会保険料控除欄をご覧ください。

  • 健康保険料
  • 厚生年金保険料
  • 雇用保険料

の3つの社会保険料が確認できないでしょうか?

それぞれ加入要件が違いますので、契約社員さんやパート・アルバイトさんなどの雇用形態によっては、もしかしたら全部の社会保険料は天引きされていないかもしれません。

しかし、フルタイムの正社員さんであれば、これらの3つの社会保険料が控除欄に記載されていると思います。

具体的な保険料の計算方法は省略しますが(実際には健康保険料や厚生年金保険料は「標準報酬月額」を使って計算します)、それぞれ給料の

  • 健康保険料:約5%
  • 厚生年金保険料:約9%
  • 雇用保険料:0.3%

くらいの金額になっているのではないでしょうか。

合計で15%以上が社会保険料として天引きされているのは、正直なところ「高いな~」と思います(さらに所得税や住民税も天引きされますので、手取りの給料はもっと減りますから、なおさら負担感は強いですよね)。

いずれにしても、これらの社会保険料は給料明細に明確に記載されていますので、実際に払っていることが確認できます。

 

給料から天引きされない社会保険料

それでは、給料から天引きされない社会保険料についてみていきましょう。

ここでは、

  • 国民年金保険料
  • 労災保険料
  • 介護保険料

の3つをみていきます。

 

国民年金保険料

まず、国民年金保険料です。

これは給料から天引きされません。

しかし、厚生年金保険料を払っている期間は、ちゃんと将来の国民年金(老齢基礎年金)をもらえる期間としてカウントされます。

厚生年金に加入している人は同時に国民年金の「第2号被保険者」という地位を有しているのです。

国民年金保険料は厚生年金保険料に含まれいると考えてください。

「基礎年金拠出金」というものを厚生年金の実施者や実施機関が分担して負担しているのです(小難しい話なので省略します)。

いずれにしても、厚生年金保険料を払っている人は国民年金保険料を別に払う必要はないので、給料から天引きされることもないというわけです。

 

労災保険料

次に、労災保険料です。

これも給料から天引きされません。

その理由はシンプルです。

労災保険料は全額が事業主(会社)負担だからです。

ですので、給料から労災保険料が天引きされていなくても、事業主(会社)が労災保険の適用事業所であれば、その従業員の労災事故に対してはちゃんと労災保険が適用されます。

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介護保険料

最後は、介護保険料です。

これは、ちょっと複雑なので、年齢によって場合分けをして考えないといけません。

 

まず、40歳未満の人の場合です。

40歳未満の人は、そもそも介護保険に加入できませんので、介護保険料の支払義務も生じません。

 

次に、40歳以上65歳未満の人の場合です。

40歳以上65歳未満の人(正確には40 歳以上65 歳未満の健保組合、全国健康保険協会、市町村国保などの医療保険加入者)は、介護保険の「第2号被保険者」になります。

この介護保険の「第2号被保険者」の介護保険料の支払方法なのですが、実は給料から天引きされているのです。

「でも、介護保険料は給料明細には書いていないけど」と疑問に思う人がいるかもしれません。

それもそのはず、介護保険の「第2号被保険者」の介護保険料は、健康保険料と一体的に天引きされているので、一見すると天引きされていないようにみえるのです。

次の画像は、全国健康保険協会の「令和2年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」(東京都)を一部抜粋したものです。

「全国健康保険協会管掌健康保険料」の欄が、「介護保険第2号被保険者に該当しない場合」と「介護保険第2号被保険者に該当する場合」の2つに分けられており、それぞれの保険料率が異なっています。

「介護保険第2号被保険者に該当する場合」の方が高いですね。

これは、介護保険料が含まれているからです。

このように、40歳以上65歳未満の「介護保険第2号被保険者」は、健康保険料に介護保険料が含まれて、給料から天引きされているのです。

 

さいごに、65歳以上の人の場合です。

65歳以上の人は介護保険の「第1号被保険者」となります。

そして介護保険の「第1号被保険者」の介護保険料は、給料から天引きされるのではなく、特別徴収といって年金から天引きされるのが原則になります(普通徴収といって、銀行引落や手払いの場合もあります)。

ちなみに、65歳以上の介護保険「第1号被保険者」の会社員の場合、「介護保険第2号被保険者に該当しない場合」の健康保険料率が適用されることになります(介護保険料は別に払うので、健康保険料は少し安くなるというわけです)。

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給与計算の正しい知識を学ぼう

給料から天引きされない社会保険料であっても、決して払っていないわけではなく、実は間接的に払っていたり、事業主が全額払ってくれていたりと、いろいろなケースがあるということがおわかりいただけたと思います。

税金もそうなのですが、社会保険料が給料から天引きされていると、どうしても払っている実感がわかなくなります。

ましてや給料から天引きされていない社会保険料であればなおさらです。

それは、自分の払っている社会保険料を「自分事」としてとらえることができないということです。

社会人の多くがそういった状態であれば、社会保険をはじめとした社会保障制度を守ることができなくなるかもしれません。

本当にそれでいいのでしょうか。

自分の払っている社会保険料を「自分事」としてとらえるためには、正しい知識を学ぶしかありません。

この記事をここまでお読みいただいた人であれば、そういった問題意識を共有できる人だと思います。

行動に移しましょう。

たとえば、参考になるサイトをチェックしたり、書籍で勉強したり、スクールに通ったり、税金や社会保険料が給料から天引きされる仕組みを正しく知ることから始めてみましょう。

自分にあった方法を探してみてください。

この記事のあとに、給与計算に関するおすすめの書籍をあげておきますので、興味ある人はチェックしてみてください。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

給与計算に関するおすすめの書籍

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傷病手当金【健康保険】 意外とよくある勘違い5選

健康保険の傷病手当金で勘違いしやすいポイントを社会保険労務士が解説

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今回は、傷病手当金のお話です。

ここでの傷病手当金は、全国健康保険協会(協会けんぽ)の健康保険のものを取り上げています(健康保険組合(組合健保)などの被保険者の場合にはご加入の保険者のホームページなどをご参照ください)。

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傷病手当金とは、健康保険の被保険者が、①業務外の病気やケガの療養のために、②労務に服することができない場合、③その労務に服することができなくなった日から継続した3日が経過した日(4日目)から、④給与の支払いがない(傷病手当金より少ない場合も含む)ときに、支給されるものです。

傷病手当金の支給額は、1日につき、支給開始日以前の継続した12ヶ月間の各月の標準報酬月額を平均した額÷30×2/3 に相当する額です。

給与の全額というわけにはいきませんが、傷病手当金は非課税所得ですし、傷病手当金をもらったからといって翌年の健康保険料が上がるわけでもありませんので、病気やケガで仕事ができないときにはありがたい制度です。

ただ、こういうありがたい制度なのですが、そうそう頻繁に支給を受けるものでもないので、社会人歴が長い人でも意外と勘違いしているところもあるように思います。

仕事に関係のない病気やケガの場合に傷病手当金はもらえます

労災保険との混同だと思われるのですが、傷病手当金は仕事に関係する病気やケガでなければもらえないと勘違いしている人がいます。

前述のように、傷病手当金は、「①業務外の病気やケガの療養のために」仕事を休んだときにもらえるものですので、むしろ業務上の病気やケガ(労災保険の業務災害や通勤災害)の場合には、傷病手当金はもらえません。

これを私傷病といったりもしますが、レジャーで出かけた旅先で事故にあってケガをしたとか、最近では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかって仕事に出られないような場合(業務外の感染の場合)などがこれに該当します。

労災でなければ、傷病手当金の対象になるとお考えください。

 

持病でも傷病手当金はもらえます

傷病手当金は、会社に入って健康保険に加入した後に発生した病気やケガでなければもらえないと勘違いしている人がいます。

公的な医療保険である健康保険には加入時の告知義務もありませんし、加入前からの病気やケガであっても療養の給付(病院で3割負担で治療を受けられること)の対象になることは、比較的知られていると思います。

これと同様に、健康保険に加入前の病気やケガであっても、傷病手当金の対象になりえます。

つまり、持病があっても健康保険に加入はできますし、その持病の療養のために休んだ場合には傷病手当金の対象になるということです。

 

入院していなくても傷病手当金はもらえます

民間の医療保険(入院保険)との混同だと思われるのですが、傷病手当金は入院していないともらえないと勘違いしている人がいます。

たしかに、傷病手当金は、「②労務に服することができない場合」にもらえるものですので、入院の場合にはこの要件を充たすのが原則です。

しかし、通院しながらの自宅療養の場合であっても、労務に服することができないと認められれば、傷病手当金の対象になります。

なお、その判断のために、「傷病手当金支給申請書」には「療養担当者記入用」ページの「療養担当者の意見書」とよばれる欄があって、担当医師等がその欄を作成することになっています。

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継続3日間の待期中に有給休暇を取得しても、待期期間は成立します

傷病手当金をもらうためには、「④給与の支払いがない」ことが必要ですが、「③継続した3日が経過した日」(待期3日間)の成立を判断するときには、給与の有無は関係ありません。

ここを混同して、待期3日間にも「給与の支払いがない」ことが必要だと勘違いしている人がいます。

療養のために労務に服することができずに休んでいるのであれば、給与をもらっていたとしても、待期3日間は成立します。

休んでいても給与がもらえる場合というのは、たとえば年次有給休暇を取得したような場合が該当します。

つまり、待期3日間に年次有給休暇を取得したとしても、待期期間は成立するということです。

なお、待期3日間の後の4日目以降に年次有給休暇を取得した場合、その日は「④給与の支払いがない」とはいえないため、傷病手当金はもらえないのが原則です(ただし、ごくまれに年次有給休暇の1日分の賃金が、傷病手当金よりも少ないことがあります。その場合には差額が傷病手当金として支給されます)。

 

休日であっても傷病手当金はもらえます

傷病手当金は、所定労働日に休んだ場合でなければもらえないと勘違いしている人がいます。

たしかに、傷病手当金では「④給与の支払いがない」ことが必要なので、所定労働日に休んだ場合が前提になっているように思ってしまうのもわからなくはありません。

しかし、実は①~③を充たせば、傷病手当金は発生しうるのあって(健康保険法99条1項)、④の給与との調整は別の規定(健康保険法108条1項)で定められています。

つまり、会社の公休日や日曜、祭日などの休日であっても、療養のために労務不能であれば、傷病手当金は発生するということです。

なお、「傷病手当金支給申請書」には「事業主記入用」ページの「事業主証明」とよばれる欄があって、そこには勤務状況や賃金支払い状況等を記入する欄があります。

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さいごに

今回は、健康保険の傷病手当金について、意外とよくある勘違いを5つピックアップして、ポイントを解説してみました。

病気やケガで仕事を休んで収入が減ってしまうのは、社員にとっては経済的に大きな負担となります。

年次有給休暇もいつまでもつかえるわけではありません。

もちろん、万が一のときに備えて、しっかりと貯蓄をしたり、民間の医療保険を利用するなどのリスクマネジメントをしておく必要はあるでしょう。

しかし、そのような準備が万全でなかったとしても、傷病手当金が支給されればある程度の減収の補填を行うことができます。

また、傷病手当金は、同一の病気やケガに関して、支給を始めた日から「通算して」1年6ヶ月間支給されますし、退職して健康保険の被保険者でなくなっても一定の条件を充たせば退職後も継続して支給されます(2022年1月から支給期間が支給開始日から「通算して」1年6ヶ月間と改正されましたので、その点加筆しました)

このように、傷病手当金はいざというときに頼りになる制度ですので、正しい知識を身につけて、適正に利用していただければと思います。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

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はじめての障害年金の前にあるふたつの65歳の壁

障害年金の新規請求の前にある65歳の壁の正体を社会保険労務士が解説

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社会保険手続を中心に弁護士業務や成年後見業務をサポートしている社会保険労務士の徳本博方です。

今回は「はじめての障害年金の前にあるふたつの65歳の壁」をテーマにして、障害年金の65歳の壁の正体をご説明できればと思います。

「障害年金は65歳を過ぎると請求できなくなる」といった話を聞かれたことはないでしょうか?

筆者も年金相談の際に65歳以上の高齢の人やそのご家族から「老齢年金が少ないので、今からでも障害年金をもらいたいが、65歳を過ぎてるので無理なんでしょうね・・・」という趣旨の相談を受けることがあります。

結論からいえば、障害年金は65歳を過ぎると請求できなくなるケースが多いのはたしかです(これをここでは「65歳の壁」ということにしましょう)。

しかし、実は「65歳の壁」は2つあるのです。

そして、そのうちの1つの壁は鉄壁なのですが、もう1つの壁は65歳を過ぎても請求ができる場合がある壁なのです(これを勘違いするともったいないことになります)。

それでは、順を追って説明していきましょう。
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2つの「65歳の壁」とは?

単独の障害について、新規に障害年金を請求する際には、大きく2つの方法があります。

それは、

  • 認定日請求
  • 事後重症請求

です(なお、「はじめて2級」といわれる基準障害による請求もありますが、これは既存の(軽い)障害がある場合の請求方法なので、ここでは省略し、あとで少し触れます)。

そして、これらの2つの請求方法にそれぞれ「65歳の壁」が存在しています。

いうなれば、

  • 認定日請求の「65歳の壁」
  • 事後重症請求の「65歳の壁」

といったところでしょうか。

今回は、この2つの「65歳の壁」の正体を探っていきたいのですが、その前に、まずは認定日請求と事後重症請求の違いについて確認しておきましょう。

 

障害年金の2つの請求方法の違いは?

認定日請求と事後重症請求は、いつの時点で法令の定める障害の程度に達した状態にある(ことを証明できる)のかの違いです。

すなわち、障害年金をもらうには、その障害の状態が障害等級に該当する「障害の程度」に達していることが必要です(それに応じて等級が決まります。ですので、そもそも「障害の程度」に達していない状態の障害は障害年金の対象にはなりません)。

次の時系列をみてください。

これらの時系列上の点を説明すると、

  • 発症:障害の原因となった傷病の症状があらわれたとき
  • 初診日:障害の原因となった傷病について、初めて医師等の診断を受けた日
  • 障害認定日:初診日から起算して1年6ケ月経過した日、又はその日までにその傷病が治癒した場合においては、その治った日(症状が固定し、治療の効果が期待できない状態に至った日を含む)
  • 請求日:障害年金を請求する日

です(場合によっては、発症と初診日は同日のこともあるでしょうし、障害によっては初診日と障害認定日が同日になることもありますが、ここでは流れをイメージしやすいように、それぞれを時系列上に並べてあります)。

 

この時系列をもとに認定日請求のイメージを表すと、

のようになります(障害の程度に達した状態であることを、障害認定日において証明しなければなりません)。

 

これに対して事後重症請求のイメージを時系列で表すと

このようになります(障害の程度に達した状態であることを、請求日において証明すれば足ります)。

 

なお、それぞれの図で、青の矢印で示されているのは、障害年金の支給(開始)期間です。

認定日請求では、障害認定日(の翌月)にさかのぼって支給が始まっている(実際には時効によって5年間という制限がありますが)のに対して、事後重症請求では請求日(の翌月)からしか支給されません。

 

もっとも、認定日請求と事後重症請求は、一方ができるなら他方ができないというような二律背反の関係ではありません。

たとえば、障害認定日時点で障害の程度に達した状態であることを証明できない場合(障害認定日時点での診断書を準備できないような場合)には、認定日請求をあきらめて、最初から事後重症請求だけを行うこともできます(このように選択的に請求することもありますが、実務上は予備的に事後重症請求をすることが多いように思います)。

実務上、事後重症請求は認定日請求を補完する役割もあるのです。

いずれにしても、障害年金には、認定日請求と事後重症請求の2つの請求方法があるということはおわかりいただけたと思います。

そして、認定日請求と事後重症請求には、それぞれに別の「65歳の壁」があるのです。

それでは、それらの2つの「65歳の壁」の正体について、みていきましょう。

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認定日請求の「65歳の壁」の正体

認定日請求の「65歳の壁」の正体は、初診日についての65歳の壁です。

「初診日要件」ともいいます。

障害基礎年金にも障害厚生年金にも「初診日要件」があります。

障害基礎年金(国民年金)は初診日が次のいずれかの期間にないともらえません。

  • 国民年金の被保険者期間
  • 20歳前または、60歳以上65歳未満(年金制度に加入していない期間)で、日本国内に住んでいる間

国民年金の被保険者期間は1号~3号でルールが異なりますが、いずれにしても、この初診日要件から「65歳の壁」が導かれます。

これに対して、障害厚生年金は、厚生年金の被保険者期間に初診日がなければもらえません。

厚生年金は原則70歳まで加入できますので、その意味で「65歳の壁」はないのですが、障害基礎年金も併せてもらおうとすれば「65歳の壁」がでてきます。

 

この「65歳の壁」を先ほどの時系列にたててみると、次の図のようになります。

この図は、初診日が65歳の壁(65歳到達日)以後にあれば、初診日要件を充たさないのですが、初診日が65歳の壁前であれば、初診日要件を充たすということを表しています。

そして、この図でわかるように、認定日請求の場合には、初診日が65歳の壁前にありさえすれば、その後の障害認定日や請求日が65歳の壁の後にあったとしても、認定日請求には支障はないということなのです。

これは、請求日時点で65歳以上であっても、初診日要件を充たしていれば、認定日請求は可能性があるということです。

ここを「65歳以上だと障害者年金は請求できない」と誤解して、障害年金を諦めるととてももったいないことになります。

 

ところで、今までざっくりと「65歳の壁」と言ってきましたが、ここで正確な意味を確認しておきましょう。

上記のとおり、初診日が65歳未満の期間にないといけないわけですが、これを正確にいえば、「65歳になる誕生日の2日前」までに初診日がないといけないということです。

これは、誕生日の前日に65歳に達するとされているからです。

たとえば、2月10日が誕生日だった場合、2月9日が65歳に達する日(65歳の壁)となります。

そうすると、2月9日以降は65歳の壁にはばまれるため、初診日は2月8日以前である必要があるのです。

なお、老齢年金の繰り上げ受給をしている場合には、「65歳の壁」は変更を受けますのでご注意ください(ここでは詳しく触れませんが、初診日が60歳以降の場合認定日請求は障害認定日が繰り上げ請求日前になければいけませんし、事後重症請求もできなくなります)。

 

事後重症請求の「65歳の壁」の正体

これに対して、事後重症請求の「65歳の壁」の正体は、請求日についての65歳の壁です。

事後重症請求は、上記の初診日要件を充たしたうえで、65歳到達日の前日までに、障害の程度に達する障害の状態にあり、かつ請求しなくてはいけません。

請求日についての65歳の壁は、

この図のようなイメージです。

請求日までのすべてが、65歳の壁の前になければいけません。

請求日が65歳の壁以後にあれば、事後重症請求は封じられるということになります。

この事後重症請求の65歳の壁は鉄壁といってよいでしょう(なお、65歳を1日たりとも過ぎれば100%事後重症請求ができないのかといわれれば、そこは多少の例外もあるようですが、それを保証することはできません。いずれにしてもできるだけ早急に請求しなければなりません)。

 

認定日請求の「65歳の壁」のすきま

事後重症請求の「65歳の壁」が鉄壁であるのに比べて、認定日請求の「65歳の壁」にはつぎのようなすきまがあります。

  • 障害厚生年金の場合70歳まで加入が可能ですので、65歳を過ぎても、厚生年金加入期間中に初診日があれば、障害厚生年金の認定日請求は可能です(ただし、障害の程度が1級や2級になっても、障害基礎年金はもらえません)
  • 国民年金の特例による任意加入で65歳以上の被保険者期間に初診日があれば、障害基礎年金の認定日請求は可能です(ただし、現実問題として納付要件を充たすことができるのかどうかは難しいところがあると思います)

なお、認定日請求の「65歳の壁」とは少し異なりますが、旧国民年金法による障害年金(1986年3月までに初診日があり、かつ1986年3月までに旧法基準で障害の程度2級以上であると認定された場合)では、65歳以上であっても障害年金の受給権が発生します。

 

「はじめて2級」という請求方法

ここで、「はじめて2級」といわれる基準障害による請求について、65歳の壁との関係を少し補足しておきます。

「はじめて2級」の場合には、基準障害の障害認定日に関して65歳の壁があります。

すなわち、「はじめて2級」の場合には、65歳に達する日の前日までに基準障害が、他の障害(既存の軽い障害)と併合して1級または2級の障害の状態にある必要があるのです。

なお、障害認定日に関する65歳の壁をクリアできれば、請求は65歳以上であっても構いません。

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さいごに

今回は「はじめての障害年金の前にあるふたつの65歳の壁」として、「認定日請求の(初診日の)65歳の壁」と「事後重症請求の(請求日の)65歳の壁」の2つの「65歳の壁」があることをみてきました。

実際問題として、高齢の人の場合には、

  • (慢性の)持病が徐々に悪化して、障害認定日を過ぎて(65歳以上になって)障害の程度に達する状態になるといったケース(本来的な事後重症請求)や
  • 障害認定日から時間が経過しすぎて、その時点で障害の程度に達する状態であったことの証明ができない(診断書がない)ケース(認定日請求ができないのでその代わりにする事後重症請求)があり、

これらのケースでは65歳の壁にはばまれて事後重症請求をあきらめざるをえません(ただし、後者の場合にはどうにかして証明する努力をしてみる価値はあります)。

そういう意味で、「障害年金は65歳を過ぎると請求できなくなる」という見解は正しいのかもしれません。

事後重症請求を封じられると、かなり厳しい状況になるのはたしかです。

しかし、これまでみてきたように、認定日請求の「65歳の壁」は初診日の65歳の壁であり、またその壁自体にも多少のすきまがあるのも事実です。

単なる思い込みで「障害年金は65歳を過ぎると請求できなくなる」とあきらめるのではなく、認定日請求がどうにかできないか、専門家に相談するなどされることをお勧めいたします(過度な期待は禁物ですが、もしかしたらの可能性がないわけではありません)。

もしも、認定日請求に成功すれば、最大で5年さかのぼって障害年金がもらえる可能性があるのですから。

なお、障害年金が認められるには、今回の「65歳の壁」の問題だけではなく、納付要件や障害の程度要件といった、他にもクリアすべき要件がありますので、念のため申し添えておきます。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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アルバイトさんがよく勘違いしている労災の常識5選

アルバイトさんのための労災保険の常識5選を社会保険労務士が解説

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

労災保険や障害年金といった社会保険手続を中心にお若い方をサポートしている社会保険労務士が、「アルバイトさんがよく勘違いしている労災の常識5選」を解説します。

筆者がお若い方から受ける労災保険のご相談の中から、特にアルバイトをしている人が意外と勘違いしているものを5つピックアップしてみました。
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「アルバイトだから労災保険はつかえない」は間違い

「自分は正社員ではないので、労災保険はつかえないのだと思っていました」と言われるアルバイトの人がいますが、これは間違いです。

労働者を1人でも雇用している事業所は、一部の例外(個人経営の農林水産の一部事業など)を除いてすべて労災保険の強制適用事業となります。

そして、ここでいう「労働者」とは、正社員、契約社員、パート、アルバイトなど雇用形態を問いません。

つまり、正社員でなければ労災保険はつかえないということはなく、アルバイトであっても適用事業で働く労働者であれば労災保険はつかえるということです。

 

「個人事業だから労災保険はつかえない」は間違い

アルバイトさんが店長さんから「うちは個人経営だから労災保険には入っていないんだよ」といわれたという話をきいたことがありますが、これは間違いです。

前述のとおり、労働者を1人でも雇用している事業所は、一部の例外(個人経営の農林水産の一部事業など)を除いてすべて労災保険の強制適用事業となりますので、その事業所が会社(法人)であるか個人経営(個人事業)であるかは関係ありません。

ですので、個人事業であっても適用事業で働く労働者であれば、労災保険はつかえるということです。

もしも店長さんがそのようなことを本気で言っているとしたら、従業員が5人未満の個人事業は「厚生年金・健康保険」には入らなくてよい(任意適用である)という話と混同している可能性があります。

早急に労災保険加入の手続きをとるように勧めた方がよいでしょう(事業主にペナルティーが生じる場合もあります)。

なお、事業所の手違いで労災保険に加入していない場合(正確にいえば、保険関係成立届を提出しない場合)であっても、法律的には原則として労働者を1人でも雇った時点で労災保険関係は成立しますので、仕事上の事故などで労働者がケガをしたような場合には労災保険がつかえることになります(そのような場合には労働基準監督署へご相談されることをお勧めします)。

 

「労災保険料を給料から天引きされていないので労災保険はつかえない」は間違い

「給料明細をみたら、労災保険料が天引きされていないので、労災保険には入っていないのではないでしょうか」という疑問を持つ方がいらっしゃいますが、これは間違いです。

たしかに、毎月の給料からは、厚生年金保険料や健康保険料、雇用保険料といった社会保険料が天引きされます(アルバイトの人はどのような条件で働くかによってどの社会保険に入るかが変わってきますので、全部の社会保険料が天引きされているとは一概にはいえませんが)。

しかし、どのような働き方をしていたとしても、労災保険料が給料から天引きされることはありません。

なぜならば、労災保険料は全額が事業主負担だからです。

ですので、労災保険料が給料から天引きされていないのは当然であって(もしも天引きされているとしたら、その理由を事業主に確認してください)、「労災保険料が給料から天引きされていない=労災保険に入っていない」とはならないのです。

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「自分のミスでケガをしたので労災保険はつかえない」は間違い

「自分のうっかりミスでケガをしました。自業自得だから、労災保険はつかえないんですよね」と聞かれることがありますが、これは間違いです。

労働者に過失があったとしても、労災保険がつかえないわけではありません。

故意や重過失で労災事故を起こしたような場合には給付制限が行われることもありますが、うっかりミスレベルでは給付制限が行われることはないでしょう。

むしろ、労働者が仕事をするうえでうっかりミスはつきものですので、そのリスクに備えて労災保険があるのです。

責任感の強い人ほど「自業自得」という言葉に縛られる傾向があります。

しかし、責任感が強いかどうかの話と労災保険をつかえるかどうかというのは別の話です。

労災保険をつかってケガをしっかり治したうえで、うっかりミスについては反省してもらえればと思います。

 

「店長が許してくれないので労災保険はつかえない」は間違い

「労災保険をつかおうとしたら、店長が許可してくれないので、労災保険をつかわなかった」という話をきいたことがありますが、これは間違いです。

労災保険がつかえるかどうかを判断するのは、店長(事業主)さんではなく、政府(労働基準監督署長)です。

ですので、労災保険をつかう場合に、事業主の許可は必要ありません。

しかし、実際には労災保険をつかおうとすると、いわゆる「事業主証明」が必要になったりして、事業主の協力があった方がスムーズに手続きが行えるのも事実です。

そこで、事業主には労働者の労災保険申請手続に協力したり、必要な証明を行ったりする義務が課せられています。

なお、それでも事業主がその義務を果たさず、事業主証明を書いてくれないこともありますが、そのようなケースでは事業主証明なしでも労災保険申請が認められますので、決して労災保険をあきらめる必要はありません(労働基準監督署へご相談されることをお勧めします)。

 

さいごに

今回は、「アルバイトさんがよく勘違いしている労災の常識5選」として、労災保険について解説してみました。

労災保険は、医療費の負担がなかったり、休業した場合に休業補償として給料(給付基礎日額)の8割(特別支給金含む)が支給されたりと、労働者にとってはかなりありがたい制度です。

特にアルバイトの人の場合には、自分の国民健康保険をつかうことと比べると、そのメリットはとても大きいものです(国民健康保険なら医療費は3割負担ですし、休業した場合の傷病手当金の制度がないのが一般的です)。

そもそも論をいえば、労災保険をつかえる場合には国民健康保険はつかえないのが原則なのですが。

いずれにしても、アルバイトだからといって、適当なことを言い含められ、泣き寝入りするようなことはあってはなりません。

アルバイトであっても(いえ、アルバイトだからこそ)、適正な労災保険給付を受けられるように、正しい知識をみにつけておくべきだと思っています。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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法律事務職向 覚えておきたい社会保険の基礎知識 ~交通事故編 その6~

社会保険労務士と学ぶ 交通事故事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 後遺障害③(後遺障害に関係する社会保険給付の損益相殺)

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社会保険手続を中心に弁護士業務や成年後見業務をサポートしている社会保険労務士の徳本博方です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は交通事故編その6として、後遺障害に関係する社会保険給付の損益相殺についてお話していきたいと思います。

交通事故で後遺障害が生じて社会保険給付が先行した場合、損害賠償金との関係では、交通事故という同一の原因から生じているので、二重取りを防ぐために、損益相殺としてその調整(損害賠償額からの控除)が必要になる場合があります。

もっとも、損益相殺は法的な問題であり弁護士の先生方の専門分野ですので、ここではどのような種類の社会保険給付が損益相殺の対象になるのかなどの大まかな紹介にとどめ、あまり突っ込んだ議論には入りませんので、ご了承ください。
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後遺障害の損害賠償で問題となる社会保険給付

【健康保険(協会けんぽ)】

  • 傷病手当金(ただし、原則として症状固定後には傷病手当金は支給されないので、後遺障害の損害賠償との関係ではあまり問題にはならない=傷病手当金は休業損害との関係で損益相殺の問題になる)

【労災保険】

  • ①障害(補償)給付
    • 障害(補償)年金
    • 障害(補償)一時金
  • ②特別支給金
    • 障害特別支給金
    • 障害特別年金
    • 障害特別一時金

【公的年金(国民年金・厚生年金)】

  • ③障害基礎年金
  • ④障害厚生年金

 

損益相殺で控除される社会保険給付と控除制限

上記のように、後遺障害の損害賠償で問題となる社会保険給付として、労災保険の①障害(補償)給付・②特別支給金、公的年金の③障害基礎年金、④障害厚生年金の4つがあります(健康保険の傷病手当金はあまり問題にならないので省略します)。

これらの社会保険給付のうち、損益相殺として後遺障害の損害賠償額から控除されるものは、労災保険の①障害(補償)給付、公的年金の③障害基礎年金、④障害厚生年金の3つです。

労災保険の②特別支給金は、損益相殺として後遺障害の損害賠償額から控除されないという取扱いになっていますのでご注意ください。(2019年版「赤い本」上巻の200ページをご参照ください)

 

また、労災保険の①障害(補償)給付、公的年金の③障害基礎年金、④障害厚生年金の3つの社会保険給付を、損益相殺として後遺障害の損害賠償額から控除する場合であっても、すべての後遺障害の損害賠償額から控除するわけではありません。

損益相殺については、当該社会保険給付と同一性を有する損害費目との関係に限り、控除が認められています。

後遺障害の損害費目は、主に逸失利益と慰謝料に分かれます。

そして、労災保険の①障害(補償)給付、公的年金の③障害基礎年金、④障害厚生年金に関しては、逸失利益から控除することはできても、慰謝料から控除する必要はないとされています。

法律事務職の皆さまが損益相殺の控除計算をする際には、これらの社会保険給付を後遺障害の慰謝料から控除しないように気をつけましょう。

たとえば、損害賠償として逸失利益100万円、後遺障害慰謝料200万円だった場合には、控除すべき社会保険給付が100万円を超えたとしても、慰謝料200万円から控除してはいけないというわけです(逸失利益以上の社会保険給付を受けたとしても制度上問題がないということです)。

なお、公的年金の場合には障害認定日が症状固定日よりも早くなる場合(初診日から1年6月経過日後に症状固定日がある場合など)がありますし、そもそも損害賠償における症状固定日と社会保険給付における症状固定日とで認定にずれが生じることもありえますので、そのような場合には休業損害との損益相殺が問題になることもあります。

いずれにしても、慰謝料との損益相殺をしないように注意しなくてはなりません。

 

さいごに、支給未確定部分の控除制限について述べます。

社会保険給付の中には、年金として継続的に支給されるものと、一時金として一回だけ支給されるものがあります。

一時金の場合には支給額の確定はそれほど問題にはなりませんが、年金の場合にはいつまでの支給分までを控除すればよいのかという問題があります。

後遺障害で問題となる社会保険給付のうち年金で支給されるものには、労災保険の障害(補償)年金と公的年金の障害年金(障害基礎年金・障害厚生年金)がありますが、これらの年金は障害の程度に変更がないなら終身支給されるのが原則です(障害の程度が軽くなれば支給されなくなることもあります)。

また、毎年の年金の支給額にしても物価変動などの要因によって変更されることもありますし、障害の程度の悪化や軽減によって等級が変わることも考えられます。

このように、年金はいつまでいくらもらえるのかが不確定なのです。

そうすると、年金を損益相殺で控除する場合には、支給未確定部分をどこかの時点で区切って、それ以降の部分の控除を制限する必要が生じます。

そこで、年金の場合には、将来の給付が見込まれる場合でも、事実審口頭弁論終結時点で支給を受けることが確定した給付額の限度で控除が認められるとされているのです(具体的には既払いのもののほか、1、2ヶ月程度先の分までといったところでしょう)。

 

さいごに

今回のお話を簡単にまとめると、次の表のようになります。

交通事故事務において、損益相殺の控除計算は、損害賠償の請求額に直結するとても大切な問題です。

特に損益相殺の要否と控除費目については、うっかりして特別支給金を控除したり、慰謝料から控除したりすれば、弁護過誤にもなりかねない重大なミスになります。

法律事務職の皆さまにおかれましては、その都度弁護士の先生にしっかりと確認して、細心の注意を払って控除計算をしていただければと思います。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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社会保険労務士と学ぶ 交通事故事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 後遺障害②(後遺障害に関係する社会保険給付の相互の関係)

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社会保険手続を中心に弁護士業務や成年後見業務をサポートしている社会保険労務士の徳本博方です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は交通事故編その5として、後遺障害に関係する社会保険給付の相互の関係についてお話していきたいと思います。

後遺障害の逸失利益に関係する社会保険給付としては、

  • 公的年金(国民年金や厚生年金)の障害年金(障害基礎年金、障害厚生年金)
  • 労災保険の障害(補償)給付(障害(補償)年金、障害(補償)一時金)

があります。

また、休業損害に関係する社会保険給付としては、

  • 健康保険(協会けんぽ)の傷病手当金
  • 労災保険の休業(補償)給付・傷病(補償)年金

がありますので、これらとの関係についても併せてみていきたいと思います。

なお、交通事故の加害者(自賠責保険や任意保険)からの損賠賠償との関係においては、損害賠償を受け取っている場合などには、これらの社会保険給付が支給停止になるなどして、支給されないこともあります。

今回はあくまで社会保険給付間の関係を取り上げており、これらの社会保険給付と損害賠償との関係は別の機会にご説明できればと思っています。

以下は、社会保険給付が損害賠償に先行した場合を想定しているとお考え下さい。

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各種社会保険給付の関係

今回は、健康保険(協会けんぽ)、労災保険、公的年金(国民年金・厚生年金)の3つの社会保険を取り上げます。

これらの関係については、

  • 労災保険が使えるときには健康保険は使えない
  • 公的年金(国民年金・厚生年金)は、健康保険や労災保険と併せて使える
  • 同一の原因に基づく社会保険給付を併せて使える場合には、何らかの調整が必要になる場合がある

という3点を覚えておいてください。

 

ですので、考えられる組み合わせとしては、

  • 健康保険+公的年金
  • 労災保険+公的年金

の2つになります。

以下、この2つの組み合わせについてみていきましょう。

 

健康保険+公的年金の組み合わせ

この組み合わせで出てくる社会保険給付は、

  • 健康保険の傷病手当金
  • 公的年金の障害年金(障害基礎年金・障害厚生年金)

です。

これらの関係は比較的シンプルで、基本的にはつぎの図1のようになります。

イメージとしては交通事故日からだいたい1年6月を経過したころに、傷病手当金の支給が限度を迎え、その後は障害の程度に応じて障害年金に切り替わるというかんじです(それぞれは別の手続きが必要です)。

この「1年6月」という時期は、健康保険の傷病手当金と公的年金の障害年金がそれぞれの制度で規定しています。

傷病手当金は支給開始日から1年6月を限度として支給するとされています。

ただし、傷病手当金は支給開始前に連続した3日間の待期期間が必要なので、交通事故日からすぐに支給されるわけではありません。

これに対して、障害年金(認定日請求の場合)は「障害認定日」の翌月から年金が発生しますが、この障害認定日とは、初診日から1年6月経過日または症状固定日のどちらか早い方とされています。

交通事故の場合、事故日が初診日になることが多いので、遅くとも交通事故日から1年6月経過日の翌月には障害年金が受給できる可能性があるということです。

なお、障害年金はある程度の重い後遺障害が発生した場合に支給されますので、損害賠償において自賠責保険の後遺障害等級の下位の等級で認定されたような場合には、障害年金の等級には不該当となります(自賠責保険の後遺障害等級と障害年金の等級は必ずしもリンクしていませんので、その点もご注意ください)。

 

では、傷病手当金と障害年金の支給期間が重なることはないのでしょうか。

結論から言えば、重なることはありえます。

まず、傷病手当金の支給開始日が遅くなったような場合(たとえば連続3日間の待期期間がなかなか成立しなかったような場合)です。

この場合、支給開始日が遅くなった分、傷病手当金の支給限度日もずれ込みますので、場合によっては傷病手当金と障害年金の支給期間が重なることはありえます(もっとも、障害年金の等級に該当するような後遺障害が発生したということは、交通事故発生当時からある程度重い症状である場合がほとんどですので、このような重なり合いはそれほど発生しないと思われますが)。

また、障害年金の障害認定日は初診日から1年6月経過日よりも早まることもありえます。

それは、症状固定日が初診日から1年6月経過日よりも早い場合です。

この場合の傷病手当金と障害年金の支給関係は、つぎの図2のようになります。

図2の場合、「調整①」とある期間は傷病手当金と障害年金の支給期間が重なりあうことになります。

この場合、傷病手当金と障害年金は、交通事故という同一の原因によって生じたものですので、何らかの調整が必要になります。

その調整とは、原則として、傷病手当金が不支給となり、障害年金が支給されるという関係になります(調整①の詳細は後でまとめて述べます)。

 

労災保険+公的年金の組み合わせ

この組み合わせで出てくる社会保険給付は、

  • 労災保険の休業(補償)給付・傷病(補償)年金、障害(補償)給付(障害(補償)年金・障害(補償)一時金)
  • 公的年金の障害年金(障害基礎年金、障害厚生年金)

です。

これらの関係は、症状固定日が初診日から1年6月経過日よりも後になるケースとその逆(症状固定日が初診日から1年6月経過日よりも前になるケース)の2つが考えられます。

前者は図3のようなイメージで、後者は図4のようなイメージになります。

図3・4をご覧になってお気づきかもしれませんが、労災保険は損害賠償(自賠責保険)とよく似ている部分があります(歴史的には自賠責保険が労災保険に似ていると言った方がよいのかもしれませんが)。

それは症状固定日(治った日)の前後によって、給付の内容が変わってくるという点です。

ですので、図3・4ともに、労災保険の場合には症状固定日を基準にして、その前後で休業(補償)給付(場合によっては傷病(補償)年金)と障害(補償)年金に分かれています。

このように症状固定日を基準にするという点は、交通事故で自賠責保険を扱っている法律事務職の皆さまには理解しやすいのではないでしょうか。

もっとも、制度そのものや認定機関が異なるので、完全にリンクしているというわけではありません。

たとえば、休業損害は休業日の初日から賠償されますが、労災保険の休業(補償)給付は3日の待期期間(この3日は連続している必要はない)を経過した第4日目から支給されますし、後遺障害の等級にしても認定機関が異なりますので自賠責保険と労災保険では異なる認定がなされる場合もあります。

 

これに対して、公的年金の障害年金は、すにでお話したように、初診日から1年6月経過日か症状固定日のどちらか早い方を「障害認定日」として、その翌月から支給されます。

そのため、図3のように、症状固定する前に障害年金の支給が始まることもあります。

そうすると、公的年金の障害年金は、

  • 症状固定日以前:労災保険の休業(補償)給付(場合によっては傷病(補償)年金)と支給期間が重なる(調整②)
  • 症状固定日後:労災保険の障害(補償)年金と支給期間が重なる(調整③)

という関係になります。

ただし、ここで注意が必要なのですが、労災保険と公的年金において症状固定日の取扱いが違う場合もあります。

その場合には、労災保険では症状固定として扱いつつ、公的年金では1年6月経過日を待って障害年金を支給するということもありえます(図4の公的年金の障害年金の支給開始が右にずれるイメージです)。

調整②と調整③の詳細は後述しますが、これらのケースではいずれも、公的年金の障害年金は全額支給され、労災保険の各給付が減額調整されることになります(なお、一時金である障害(補償)一時金は調整の対象になりません)。

 

各社会保険給付間の調整

ここでは、公的年金の障害年金と各社会保険給付の支給期間が重なった場合の取扱いについてまとめてみましょう。

 

調整①(健康保険の傷病手当金との関係)

この場合には、公的年金の障害年金は全額支給されますが、障害厚生年金が支給される場合には健康保険の傷病手当金は支給されないのが原則です(なお、障害基礎年金だけが支給される場合には傷病手当金の支給調整はありません=障害基礎年金と傷病手当金が併給されます)。

ただし、障害厚生年金が支給される場合であっても、傷病手当金の日額と公的年金の障害年金の受給額を360で割った額(1円未満は切り捨て)とを比較して、傷病手当金の金額の方が多ければ、その差額が傷病手当金として支給されます。

 

調整②(労災保険の休業(補償)給付・傷病(補償)年金との関係)

この場合には、公的年金の障害年金は全額支給されますが、労災保険の休業(補償)給付・傷病(補償)年金が以下の割合に減額されます。

  • 障害基礎年金だけ受給の場合:88%に減額
  • 障害厚生年金だけ受給の場合:88%に減額
  • 障害基礎年金+障害厚生年金を併せて受給の場合:73%に減額
  • ただし、休業(補償)給付の場合、併給調整後の休業(補償)給付 の受給額が、併給をしなかった場合における休業(補償)給付の受給額から公的年金の障害年金の受給額  × 1/365を控除した額よりも低額となる場合は、「調整前の休業(補償)給付 – 公的年金の障害年金の受給額 × 1/365」が休業(補償)給付の額とされます。また、傷病(補償)年金の場合、併給調整後の受給合計額が、併給をしなかった場合における労災保険の傷病(補償)年金の受給額より低額となるときは、調整前の労災保険の傷病(補償)年金の受給額から公的年金の障害年金の受給額を減じた額が労災保険の傷病(補償)年金の受給額とされます
  • 調整対象はあくまで休業(補償)給付・傷病(補償)年金であって、特別支給金は調整されません

 

調整③(労災保険の障害(補償)年金との関係)

この場合には、公的年金の障害年金は全額支給されますが、労災保険の障害(補償)年金が以下の割合に減額されます。

  • 障害基礎年金だけ受給の場合:88%に減額
  • 障害厚生年金だけ受給の場合:83%に減額
  • 障害基礎年金+障害厚生年金を併せて受給の場合:73%に減額
  • ただし、併給調整後の受給合計額が、併給をしなかった場合における労災保険の障害(補償)年金の受給額より低額となるときは、調整前の労災保険の障害(補償)年金の受給額から公的年金の障害年金の受給額を減じた額が労災保険の障害(補償)年金の受給額とされます
  • 調整対象はあくまで障害(補償)年金であって、障害(補償)一時金や特別支給金は調整されません

 

また、一時金との関係も確認しておきましょう。

【厚生年金の障害手当金との関係】

厚生年金では、3級よりも障害の程度が軽度な場合でも症状固定するなど一定の要件を充たせば「障害手当金」として一時金が支払われることがあります。

この障害手当金と各社会保険給付との関係は、

  • 健康保険の傷病手当金は、傷病手当金の額の合計額が障害手当金の額に達することとなる日までの間、傷病手当金は支給されません
  • 労災保険の障害(補償)給付を受け取る権利のある者には、障害手当金は支給されません

です。

 

【労災保険の障害(補償)一時金との関係】

労災保険では、後遺障害の等級が8~14級の場合には、障害(補償)一時金として、年金ではなく一括払いで給付を行います。

この場合には公的年金の障害年金との調整はありません。

なお、同一原因の傷病等について、労災保険が使われる場合には健康保険は使えないのが原則ですので、健康保険の傷病手当金との調整は問題とはなりません。

 

さいごに

ここでは、健康保険、労災保険、公的年金の3つの社会保険給付が絡まっていて、結構複雑な組み合わせになっています。

少し詳しく説明した部分もあるので、最初は混乱するかもしれませんが、法律事務職の皆さまの基礎知識としては、だいたいの全体像をつかんでいただければ結構だと思います(実際の調整は保険者が行いますので)。

ところで、少しレアなケースとして、雇用保険の基本手当(その代替の傷病手当)と公的年金の障害年金の関係が問題になる場合もありますが、これらは併給可能ですのであまり問題にはなりません。

むしろ問題となるのは、この後の社会保険給付と損害賠償との調整です(こちらの方がメインです)。

それは次回以降でお話できたらと思っていますので、もうしばらくお付き合いくださいませ。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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社会保険労務士と学ぶ 交通事故事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 後遺障害①(後遺障害に関係する社会保険の内容)

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社会保険手続を中心に弁護士業務や成年後見業務をサポートしている社会保険労務士の徳本博方です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は、交通事故編その4です。

今回からは、いわゆる後遺障害に関係する社会保険についてお話していきたいと思います。

まずは、後遺障害に関係する社会保険にはどのようなものがあるのかについてご紹介していきます。

後遺障害に関係する社会保険は主に公的年金(国民年金や厚生年金)の障害年金(障害基礎年金、障害厚生年金)と労災保険の障害(補償)給付です。

また、休業損害のところで問題になった健康保険の傷病手当金や労災保険の休業(補償)給付・傷病(補償)年金との関係が問題になることもありますので、これらも併せて考えていきましょう。

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 損害賠償と社会保険給付の関係

後遺障害が生じた交通事故の損害賠償では、「症状固定日」を基準として同日までが治療費や休業損害、入通院慰謝料の問題、同日後が逸失利益、後遺障害慰謝料の問題に分けて計算するのが一般的です(詳しくは弁護士の先生にご確認ください)。

それらのうち、治療費と休業損害に対応する社会保険給付に関連する問題は既にみてきました。

簡単におさらいすれば、

治療費:健康保険や労災保険の療養の給付など

休業損害:健康保険の傷病手当金、労災保険の休業(補償)給付・傷病(補償)年金

が対応しています。

 

これに対して、後遺障害の逸失利益に対応する社会保険給付は、

健康保険:なし(症状固定日の前後関係で傷病手当金が発生する可能性がある)

労災保険:障害(補償)給付

公的年金:障害年金(症状固定日の前後関係で休業損害に対応することもある)

のように対応しています。

また、後遺障害の将来の介護費のような損害に対しては労災保険の介護(補償)給付がありますが、少し細かいので、今回は逸失利益に対応した社会保険給付について考えていきます。

なお、社会保険給付は慰謝料(入通院・後遺障害ともに)に対応するものではないので、その点は損益相殺(充当処理)の際には要注意です。

 

これらの各種社会保険の関係を簡単にまとめると次の図1のようになります。

この図1では初診日の1年6月経過日以降に症状固定日がくる設定にしていますが、症状固定日の前後によって他にもパターンが考えられます(詳しくは次回述べます)。

なお、前回のおさらいですが、労災保険が使えるときには健康保険は使えないのが原則ですので、健康保険の傷病手当金と労災保険の休業(補償)給付が併給されることはありません。

 

どれくらいの給付が、いつからいつまでもらえるのか

上記の各種社会保険給付の支給の内容とそれがいつからいつまでもらえるものなのかをまとめてみましょう。

 

【健康保険の傷病手当金】

支給額:1日につき、傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した12月間の各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額の3分の2に相当する額

支給開始日:療養のため労務に服することができなくなった日から起算して継続した3日を経過した日(=待機期間経過後4日目から支給開始

支給終了日:支給開始日から起算して1年6月を限度(それまでに症状固定すればその後は不支給。ただし「症状固定」かどうかは総合的に判断する)

 

【労災保険の休業(補償)給付】

支給額:1日につき、休業給付基礎日額の60%(+20%の休業特別支給金)

支給開始日:療養のため労働することができず賃金を受けない日の第4日目から支給開始(待機期間の3日は連続している必要はない)

支給終了日:治るまで=症状固定するまで(期限はない) ※ただし療養開始後1年6月経過日(またはそれ以降)に傷病(補償)年金が職権で支給される場合がある

 

【労災保険の障害(補償)給付】

支給額:

 1~7級は障害(補償)年金(給付基礎日額313日分~131日分)

 8~14級は障害(補償)一時金(給付基礎日額503日分~56日分)

この他に障害特別支給金や障害特別年金、障害特別一時金がある

支給期間:

障害(補償)年金(1~7級):支給要件に該当することになった日の翌月から支給開始(障害の程度に変更がなければ期限はない=終身支給される)

障害(補償)一時金(8~14級):一時金として支給される

 

【公的年金の障害年金】

支給額(2019年4月現在)

障害基礎年金:

 1級 975,125円+(子の加算)

 2級 780,100円+(子の加算)

障害厚生年金:

 1級 (報酬比例の年金額) × 1.25 + (配偶者の加給年金額)

 2級 (報酬比例の年金額) + (配偶者の加給年金額)

 3級 (報酬比例の年金額)

 障害手当金 (報酬比例の年金額)×2

支給期間:

 1~3級:障害認定日(初診日から1年6月経過日または症状固定日のどちらか早い方)の翌月から支給開始(障害の程度に変更がなければ期限はない=終身支給される)

障害手当金:一時金として支給される

 

症状固定日の問題

後遺障害の生じた交通事故の損害賠償は「症状固定日」を基準にその前後で損害の種類が異なりますが、社会保険給付は微妙にずれが生じることがあります。

特に公的年金の障害年金については、前述のとおり「障害認定日」という独自の制度を用いていますので、必ずしも「症状固定日」と一致するとは限りません。

また、損害賠償の症状固定日と社会保険給付の症状固定日が必ずしも一致しないという問題もあります(損害賠償と労災保険の症状固定日は比較的類似していますが、健康保険や障害年金の症状固定日とは異なる認定がなされる場合があります)。

交通事故の実務をやっていると、損害賠償上は症状固定をしていても、その後も健康保険を使って療養を行っているようなケースに出くわすことがあります。

弁護士の先生によっては「症状固定後の治療は、ご自分の健康保険を使って自己負担になります」と説明されることもありますが、これはよく考えたら矛盾しているようにも思えます。

なぜならば、健康保険は症状固定後は使えないのが原則だからです。

ただ、これは損害賠償上の症状固定と健康保険上の症状固定は必ずしも一致しないと考えれば矛盾はしません。

たとえば、健康保険の傷病手当金に関しては、症状固定後は「療養のため」といえないので、不支給となるのが原則ですが、医学的にみて症状固定となれば当然に「療養」の必要がなくなるとするのは相当ではなく、社会通念や、制度の趣旨・目的に鑑み、総合的に判断するとした裁決もあります。

また、障害年金の「障害認定日」にしても、初診日から1年6月を経過する前に症状固定となった場合には、症状固定日=障害認定日となるはずですが、たとえば高次脳機能障害のような場合には、損害賠償上の症状固定日が初診日から1年6月経過日より前にあったとしても、1年6月経過日を障害認定日とすることもあります。

法律事務職のみなさんは交通事故の「症状固定日」には慣れていると思いますが、その感覚を当然に社会保険給付に当てはめると、思わぬ勘違いに陥ることもありますので要注意です。

 

さいごに

今回は後遺障害に関係する社会保険給付の概要をご紹介しました。

次回は、これらの社会保険給付が相互にどのような関係になるのか(併給の可否や調整の問題について)みていきたいと思います。

前述の症状固定の問題やそもそもの支給の始期や終期が各社会保険で微妙に違うという制度上の問題もあって、これらの社会保険が併給関係になることも少なくありません。

まずは細かいところは置いておいて、全体像を把握してもらえればと思っています。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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障害厚生年金のここがありがたい!

社会保険労務士が紹介する障害厚生年金のありがたい5つのポイント

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

社会保険手続を中心に弁護士業務や成年後見業務をサポートしている社会保険労務士の徳本博方です。

今回は「障害厚生年金のここがありがたい!」というテーマで、障害厚生年金のありがたいポイントを5つご紹介したいと思います。

障害年金は、障害基礎年金(国民年金)と障害厚生年金に大きく分かれますが、弁護士の先生方や法律事務職員のみなさまとお話していると、意外とこの2つの違いを意識されていない場合があります。

障害の程度を確認した際に「厚生年金加入期間中だったらよかったのですけどね・・・」などと申し上げても、ピンとこない人もいらっしゃいます。

障害厚生年金のポイントをご紹介しながら、できるだけ障害基礎年金との異同もご説明できればと思っていますので、ご参考にしていただければ嬉しいです。
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障害厚生年金が支給されるのはどんな人?

障害厚生年金のポイントを知る前に、まず障害厚生年金はどのような人に支給されるのかを確認しておきましょう。

それは、初診日が厚生年金に加入している間にあるかどうかで判断されます。

初診日とは、障害の原因となった病気やケガについて初めて医師または歯科医師の診療を受けた日のことです。

発症した日を基準にするのではなく、初診日を基準にするという点は注意が必要です(知的障害のように生まれながらの障害の場合には出生日を初診日として取り扱う場合もありますが、原則として初めて診療を受けた日が初診日となります)。

たとえば、厚生年金に加入している人が、会社に勤めている間は何となく体調が悪いと思いつつ、忙しくて病院に行けなかったような場合で、退職後に初めて病院に行って診療を受けたという場合には、初診日が厚生年金に加入している間にないことになり、障害厚生年金の対象にならないケースも考えられます(このような場合でもすぐに諦めるのではなく、厚生年金に加入している間に何とか初診日として認めてもらえる日がないか探すことをお勧めします)。

この他にもいわゆる保険料納付要件も必要となりますが、これは障害厚生年金だけでなく障害基礎年金にも共通しています。

 

ありがたいポイント1 障害厚生年金には3級・障害手当金の制度がある

障害厚生年金最大の特徴は、3級と障害手当金の制度があることです。

障害厚生年金は、障害の重さによって1~3級と障害手当金に区分されています(重い方が1級)。

これに対して、障害基礎年金(国民年金)は1級と2級しかありません。

つまり、障害厚生年金の1級・2級に該当した場合には、併せて障害基礎年金の1級・2級が支給されるのですが、障害厚生年金の3級や障害手当金に該当した場合には、障害厚生年金(3級・障害手当金)だけが支給されるということです。

これは裏を返せば、障害基礎年金しか該当しない人(初診日が厚生年金の加入期間にない人)が3級や障害手当金相当の障害を負った場合には、障害年金はまったくもえらえないということを意味します。

この違いは大きいです。

たとえば、交通事故などで下肢の3大関節の1つに人工関節をそう入置換することになったような場合であれば、障害年金の等級は3級に該当するのが原則です。

そうすると、被害者が障害厚生年金に該当する人(初診日が厚生年金の加入期間にある人)であれば、3級が認定されて障害厚生年金が支給される可能性が高いのですが、障害基礎年金しか該当しない人の場合(初診日が厚生年金の加入期間にない人)には、3級では障害基礎年金が支給されないので、より重い2級以上に該当するかどうかが問題になってきます(2級以上に該当しなければ障害年金はまったくもらえないということです)。

なお、人工関節=3級というイメージが強いですが、機能障害の状態などによっては2級以上に認定される場合もありますので、諦めずにしっかりと確認されることをお勧めします。

 

ありがたいポイント2 障害厚生年金は初診日が65歳以上であっても可能性あり

障害厚生年金は、初診日が厚生年金に加入している間にあるかどうかで判断すると先ほど述べましたが、厚生年金は原則70歳まで加入できますので、その期間内に初診日があれば障害厚生年金を受給できる可能性があるということです。

これに対して、障害基礎年金(国民年金)の場合には、原則として、少なくとも65歳までに初診日がなければいけません(65歳以上でも国民年金に任意加入している場合や2号被保険者になっている場合には例外的に障害基礎年金の対象になる場合もありますが、このようなケースでは65歳以上の時点で老齢年金の受給期間を充たさないことが前提ですので、現実問題としてはこのような場合に障害年金の保険料納付要件をクリアできるのかはかなり厳しいところです)。

つまり、障害年金がもらえる可能性のある年齢が障害厚生年金の方が有利になっているということです。

もっとも、65歳以上の厚生年金加入期間内の初診日の場合、老齢年金の受給資格を有している人については障害基礎年金の支給はありません(つまり、この場合、1級や2級に該当しても、障害基礎年金は支給されず、障害厚生年金だけが支給されるということです)。

また、年金には1人1年金の原則がありますので、老齢基礎年金と障害厚生年金は併給できません(これに対して、例外的に障害基礎年金と老齢厚生年金は併給できます)。

ですので、このような場合には老齢基礎年金や老齢厚生年金の額と障害厚生年金の額を比べてみることになるでしょう(また、受給額だけでなく、老齢年金は課税対象ですが、障害年金は非課税なので、この点も考慮することになります)。

 

ありがたいポイント3 障害厚生年金には配偶者の加給年金がある

次に障害厚生年金の支給額についてみていきましょう。

支給額に関する障害厚生年金のありがたいポイントとしては、配偶者の加給年金があります。

障害厚生年金の支給額を簡単に説明すると、

【1級】(報酬比例の年金額) × 1.25 + (配偶者の加給年金額)

【2級】(報酬比例の年金額) + (配偶者の加給年金額)

【3級】(報酬比例の年金額)

のようになります。

このように、1級と2級には配偶者の加給年金が認められています(残念ながら3級にはありません)。

この配偶者の加給年金は、障害年金の受給者に生計を維持されている65歳未満の配偶者がいるときに加算されるものです(その配偶者が障害年金を受給している場合など一定の場合には支給停止になります)。

配偶者の加給年金の額は2019年4月現在で年額224,500円です。

これに対して、障害基礎年金(国民年金)の場合には子の加算が認められています。

ところで、この配偶者の加給年金に関して、「自分は独身だからあまり関係ない」と思われた人もいるかもしれません。

しかし、この配偶者の加給年金は、受給権取得時に対象となる配偶者がいる場合だけでなく、受給権取得後に婚姻して、新たに対象となる配偶者が生じた場合でも、手続きをすればもらえるようになります。

そのような場合には、手続き忘れのないようにご注意ください。

 

ありがたいポイント4 障害厚生年金には300月みなし制度がある

支給額に関する障害厚生年金のありがたいポンイントはまだあります。

それは300月みなし制度です。

前述のように、障害厚生年金の受給額は「報酬比例の年金額」が基本です(1級の場合には報酬比例の年金額は1.25倍で計算されます)。

この「報酬比例の年金額」の計算は少し複雑なので省略しますが、年金額計算の基礎とされる被保険者期間が長ければ長いほど年金の金額は多くなるのが原則です(障害認定日(原則として初診日から1年6月経過日)の属する月後の被保険者期間は年金額計算の基礎とはされません)。

逆にいえば、障害認定日の属する月までの被保険者期間が短い人の場合、それほどの金額にはならないということです。

そこで、この300月みなしが効いてきます。

これは、被保険者期間が300月未満の場合は、300月とみなして計算する制度です。

300月=25年です。

極端な例でいえば、仮に1ヶ月しか働いていなくても、その間に初診日があれば、25年間働いたものとみなして障害厚生年金の「報酬比例の年金額」を計算するということです(この場合にはもらえる金額は300倍になるということです)。

なお、障害手当金の場合には「報酬比例の年金額」の2年分が一時金として支給されます(一時金というのは、定期的・継続的にもらえる年金とは異なり、1度しかもらえないという意味です。簡単に言えば、一括払いということです)。

これに対して、障害基礎年金(国民年金)の場合には、被保険者期間に関係なく、一律の定額制です。

2019年4月現在の障害基礎年金の額は、年額で1級975,125円、2級780,100円です(対象となる子がいる場合には子の加算もあります)。

 

ありがたいポイント5 障害厚生年金には最低保障額制度がある

支給額に関する障害厚生年金のありがたいポンイントはさらにあります。

それは最低保障額制度です。

この最低保障額制度は障害厚生年金の受給権者が障害基礎年金(1級・2級)をもらえない場合(主に障害厚生年金3級や障害手当金の場合)に認められています。

その額は、障害基礎年金2級の3/4に相当する額とされ、2019年4月現在年額585,100円です(障害手当金の場合はその2倍の1,170,200円が最低保障額です)。

一般的に、若いころの給与や賞与は安く抑えられていることが多いので、300月みなしで計算したとしても、障害厚生年金の額が障害基礎年金2級の額の3/4にすら満たない場合もあります(若い人だけに限りませんが)。

障害基礎年金がもらえる1級や2級の人であればまだいいのですが(2019年4月現在の障害基礎年金の額は、年額で1級975,125円、2級780,100円)、そうでない人であれば障害厚生年金だけではもらえる金額が少なすぎるということもありえます。

そこで、障害基礎年金をもらえない人(主に障害厚生年金3級や障害手当金の人)に関しては、最低保障額を設けて救済をしているというわけです。

 

さいごに

以上「障害厚生年金のここがありがたい!」というテーマで、障害厚生年金のありがたいポイントを5つご紹介いたしました。

この他にも、障害厚生年金3級の場合には、精神障害などの場合に就労していても比較的認められやすい傾向もあり、これもありがたいポイントの1つです。

繰り返しになりますが、障害厚生年金がもらえるかどうかは、初診日が厚生年金加入期間内にあるかどうかで判断されます。

ですので、会社の健康診断で引っかかった場合や、心や体に不調を感じた場合などには、できるだけ速やかに医療機関を受診されることをお勧めします(受診時には確定的な診断が出ていなくても、後になってその日が初診日と認められることもあります)。

最後までお読みいただきありがとうございました。

この記事がみなさまのお役に立てれば幸いです。

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社会保険労務士と学ぶ 交通事故事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 休業損害②(休業損害と社会保険給付の比較・損益相殺)

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

社会保険労務士の徳本です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は、交通事故編その3です。

ここでは、交通事故の休業損害に関係する社会保険について、筆者が実務上経験したことを交えて、2回に分けてお話ししたいと思います(今回は2回目です)。

今回は、休業損害②として「お金」の話をします。

休業損害(損害賠償)と、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付との比較や、損益相殺との関係について考えていきましょう。

なお、前回少し触れましたが、労災保険の傷病(補償)年金については、少し細かい知識ですので、ここでは労災保険の休業(補償)給付だけを取り上げます。
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具体的な事例を設定して考えていきましょう

休業損害(損害賠償)と、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付を比較するために、簡単な事例を設定してみます。

「お金」の話をする場合には、簡単な事例であっても、具体的に考える方が理解しやすいからです。

設定は次のとおりです。

  • 被害者Aさん(30歳。サラリーマン。協会けんぽの被保険者。労災保険の適用労働者)
  • 給料:毎月20万円(月給制)※月末締め当月払い
  • 昇給:2019.4に19万円から20万円に昇給
  • 賞与:6月と12月
  • 交通事故の発生日:2019.10.1(朝)
  • 療養で休業した期間:2019.10.1~12.31(出勤日0。賃金全額不支給。有給休暇は使っていない)
  • 12月の賞与:40万円(本来60万円→40万円 20万円の減額)

前回お話したように、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付の関係は、②が使えるときには③は使えないという関係です。

たとえば、今回の交通事故がAさんが会社にいつもの経路で出勤中であったような場合には通勤災害として②が適用され(①は適用されない)、Aさんが早朝のプライベートでのジョギング中に交通事故にあったような場合には①が適用される(そもそも②には該当しない)ということです。

 

休業損害(損害賠償)と、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付とを比較してみましょう

このような設定のもとで、Aさんの休業損害(損害賠償)と、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付を比較したものが、次の図(1)です。

(A)~(G)の順番に検討していきましょう。

(A)(B)(C):算出方法と計算方法、1日当りの支給額

まず、Aさんはサラリーマン(給与所得者)ですので、休業損害(損害賠償)については、実損を基礎にしてその全額が賠償されるのが原則です(この点については、社会保険労務士の出る幕ではないので、詳しくは弁護士の先生に確認してみてください)。

 

つぎに①健康保険の傷病手当金については、傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した12月間の各月の「標準報酬月額」を平均した額の30分の1に相当する額の3分の2に相当する金額が、1日分の傷病手当金の額です。

文字にすると、なんだかややこしい方法ですので、前半と後半に分けて計算してみましょう(以前は「標準報酬日額」を基準にその3分の2という計算方法を使っていましたが、平成28年(2016年)4月1日以降はこの方法に変更になりました)。

手順はこうです。

まず、直近の継続した12月間の各月の「標準報酬月額」を平均した額の30分の1に相当する額を出します(この際に1円単位を四捨五入します)。

ここで聞きなれない「標準報酬月額」という言葉が出てきましたので、簡単に説明します。

これは、健康保険料等の計算事務を簡単にするために、「標準報酬月額」として毎月一定の金額を決めておくというものです(残業代などで毎月の給料が増減しても、標準報酬月額を一定としておけば保険料率が変わらない限り、健康保険料等は同じになるという仕組みです)。

この標準報酬月額は毎年4~6月に支払われた給料などを元に再計算されて、その年の9月から新しい標準報酬月額に変わり翌年の8月まで同じ標準報酬月額を使うのが原則です。

詳しいことはここでは省略しますが、Aさんの場合、2018.11~2019.8までの10月間の標準報酬月額は19万円、2019.9~10の2月間の標準報酬月額は20万円(2019.4の昇給が反映されて標準報酬月額が変わった部分です)としておきましょう。

そうすると、Aさんの直近の継続した12月間の各月の「標準報酬月額」を平均した額の30分の1に相当する額は、

(19万円×10月+20万円×2月)÷12月÷30=6390円(端数処理済み)

となります。

つぎにその額を3分の2にすれば、1日当りの傷病手当金の額が出ます(この際に1円未満を四捨五入します)。

Aさんの1日当りの傷病手当金の額(C)は、

6390円×2/3=4260円

となります。

 

さいごに②労災保険の休業(補償)給付については、「休業給付基礎日額」の60%に相当する額が、1日分の②労災保険の休業(補償)給付の額です。

そして、休業給付基礎日額は、原則として、労働基準法12条の「平均賃金」に相当する額とされ、この「平均賃金」とは、交通事故の発生した日以前の3ヶ月間の賃金の総額をその期間の総日数(暦日)で割った金額のことです。

Aさんの1日分の②労災保険の休業(補償)給付の額について計算してみましょう。

まずは、休業給付基礎日額ですが、これは1円未満切り上げですので、

60万円(2019.7~9の賃金総額)÷92日(2019.7~9の総日数)=6522円

そして、1日分の②労災保険の休業(補償)給付の額(C)は、

6522円×60%=3913円(1円未満切り捨て)

となります。

なお、ここでは計算を簡単にするために、2019.7~9の給料を毎月20万円で計算していますが、実際には時間外手当等の各種手当や欠勤控除等もあって、月給制であっても毎月同じ金額であるとは限りません。

平均賃金の計算は、賃金総額や総日数に何を含めて何を含めないのかというのが問題になってきます(時間外手当は賃金総額に含めるのが原則ですし、欠勤控除の扱いについては最低保証額との関係で発展的な知識が必要になるのでここでは詳しくは省略します)。

 

平均賃金に関して少し余談ですが、交通事故の事務をやっていると、弁護士の先生から「へいちん(平均賃金の略語)で計算してください」などと指示を受けることがあります。

この場合の「へいちん」は、労働基準法12条の平均賃金というよりは、逸失利益の計算などで使う賃金センサス(賃金構造基本統計調査)の平均賃金を指していることが多いので、よく確認しておいてください。

 

(D)支払(支給)額

まずは、休業損害ですが、Aさんの場合、実損全額として60万円としておきます(実際に弁護士の先生が争われる際には、色々な要素を考慮されて、これよりも高い額を請求することもあると思いますが、そこは考慮せずにおきます)。

 

つぎに、①健康保険の傷病手当金ですが、傷病手当金には待期期間として連続した3日間が必要になりますので、Aさんの場合10.1~3の3日間は待期期間として傷病手当金は支給されず、10.4~12.31の89日分が支給されます。

したがって、Aさんの①健康保険の傷病手当金の支給額は、

4260円×89日=37万9140円

となります。

 

さいごに、②労災保険の休業(補償)給付ですが、こちらも待期期間が3日必要(連続している必要はないですが)なので、Aさんの場合には89日分として、

3913円×89日=34万8257円

となります。

 

ここでちょっとした豆知識なのですが、労災保険の休業補償給付(業務災害の休業補償)は、労働基準法の休業補償に相当するものです。

そして、休業補償には待期期間はないので、休業日初日から使用者は休業補償を支払わなければなりません。

つまり、業務災害の場合、休業補償給付が給付されない待期期間3日分については、使用者が労働基準法上の休業補償を労働者に払うことになります。

もしAさんの交通事故が「業務災害」(自宅から出張先に向かう際の事故など)であった場合には、待期期間3日分である3913円×3日=1万1739円は使用者がAさんに支払わなければならないというわけです(「通勤災害」の場合にはその必要はありません)。

 

(E)賞与の減額、(F)上乗せ額

Aさんの場合、交通事故によって12月の賞与が20万円減額されています。

休業損害の場合は賞与の減額分20万円も賠償されるのが原則です(どうやって証明するのかという問題はありますが)。

 

これに対して、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付では、この賞与分の減額を給付額に反映させる仕組みはありません(例外として「賞与」という名目であっても、標準報酬月額の算定や平均賃金の算出の際に考慮されるものもありますが、Aさんの場合のように1年に2回の賞与はそれに含まれないのが原則です)。

(E)賞与の減額については、休業損害の場合にだけ計上することになります。

 

ところで、このお話をすると、「労災保険にはボーナス特別支給金っていうのがあると聞いたのですが」という質問をされることがあります。

「ボーナス」なうえに「特別」とまでついている「支給金」なので、なにやらすごくお得な制度のように聞こえて気になるところです。

これはたしかにそのとおりなのですが、残念ながら、②労災保険の休業(補償)給付には、いわゆるボーナス特別支給金の制度はありません(これがあるのは、傷病(補償)年金、障害(補償)給付や遺族(補償)給付などの場合です。障害(補償)給付や遺族(補償)給付については、逸失利益の際にお話することになると思います)。

ただし、労災保険の給付には、ボーナス特別支給金とは別に「一般の特別支給金」とよばれるものがあり、②労災保険の休業(補償)給付にも「休業特別支給金」という制度があります。

これが、(図1)の(F)上乗せ額にあたる部分で、1日当り、「休業給付基礎日額」の20%に相当する額とされます。

Aさんの場合、

1日当り:6522円×20%=1304円(1円未満切り捨て)

89日分:1304円×89日=11万6056円

となります。

 

このように労災保険では②労災保険の休業(補償)給付と休業特別支給金を合わせると、休業給付基礎日額の80%が支給されることになります。

「労災は休業8割補償」などと言われるのはこのためです。

 

(G)最終的な支払(支給)額

Aさんに対する最終的な支払(支給)額をまとめると

休業損害:80万円

①健康保険の傷病手当金:37万9140円

②労災保険の休業(補償)給付:46万4313円

となります。

 

損益相殺について考えてみましょう

休業損害、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付の3つとも、同じ交通事故を原因としており、しかも、同じくAさんのもらえなかった賃金を対象としています。

このような場合、当然ですが、二重三重に同じものをもらうわけにはいきません。

①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付の関係については、すでにお話したように、②がもらえるときには①はもらえないという関係になっていますので、二重になることはありません(不正受給の場合は別ですが)。

では、休業損害との関係はどうなるかというと、二重払いを防ぐために損益相殺という処理をします。

その関係をAさんの場合で表したものが、次の(図2)です。

(A)休業損害額-(B)損益相殺=(C)加害者への請求額という関係になっています。

同じ交通事故によって発生した損害(A)から、既に払われた保険給付(B)を損益相殺として控除して、残りの部分を加害者へ請求する(C)というわけです。

ここまでは理解しやすいと思います。

ところが、お気づきかと思いますが、(D)損益相殺の対象外の欄には、②労災保険の休業(補償)給付の方にだけ、11万6056円が計上されています。

これは、(図1)の(F)上乗せ額として給付された「休業特別支給金」11万6056円です。

労災保険の特別支給金は、損害賠償との関係では損益相殺の対象ではないとされているのです。

求償可能性の有無などがその理由とされていますが、詳しくは弁護士の先生に確認してみてください。

その結果、(E)最終的な被害者の取得額については、(B)損益相殺(保険給付として既にもらっている部分)+(C)加害者への請求+(D)損益相殺の対象外(保険給付として既にもらっているものの、損益相殺されなかった部分)となって、①健康保険の傷病手当金の場合(80万円)と②労災保険の休業(補償)給付の場合(91万6059円)で差が出てしまいます。

これは、事実上「休業特別支給金」11万6056円が二重払いされたような形になっています。

 

なお、業務災害の場合に、使用者から待機期間3日分の休業補償が支払われた場合にも、休業損害の損益相殺をしなければいけません。

 

さいごに

実際には、①健康保険の傷病手当金、②労災保険の休業(補償)給付の計算を法律事務職が行うことはまずありませんので、これらの「支給決定通知書」等を確認して損益相殺の計算をすることになります。

ただ、今回は「お金」の話でしたので、その仕組みを知ってもらうために、ちょっと細かい計算も含めてご説明しました。

今回みてきたように、休業損害の損益相殺については、②労災保険の休業(補償)給付の休業特別支給金に特に気をつけてください(今回は触れませんでしたが、労災保険の傷病(補償)年金の場合も同様です)。

②労災保険の休業(補償)給付の支給決定通知には、支給決定金額の欄に「特別支給金額」が書かれています。

この部分を損益相殺しないようにしなければいけません。

筆者が法律事務職を始めた最初のころに、この仕組みをよく理解せずに全額を計上して、弁護士の先生からやり直しを指示されたことがあります(お恥ずかしい)。

「赤い本」(2019年版では上巻260ページ参照)やその他のマニュアル本を読んでも、そもそもの労災保険の仕組みを知っていなければ、特別支給金等と言われてもピンとこないんですよね。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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社会保険労務士と学ぶ 交通事故事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 休業損害①(休業損害に関係する社会保険給付の内容・適用範囲)

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

社会保険労務士の徳本です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は、交通事故編その2です。

ここでは、交通事故の休業損害に関係する社会保険について、筆者が実務上経験したことを交えて、2回にわけてお話ししたいと思います。

今回は、休業損害①として、健康保険の傷病手当金、労災保険の休業(補償)給付の2つを中心に、その内容や適用範囲などをみていきます。

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交通事故の休業損害と関係する社会保険給付は、①傷病手当金と②休業(補償)給付です

交通事故の休業損害に関係する社会保険給付には、主に①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の2つがあります。

①②のどちらとも、被保険者(労働者)が傷病の療養のために仕事ができずに賃金がもらえなかったときに、一定の要件を充たせば、もらえなかった賃金の一部相当額をもらえるという社会保険給付です(かなりざっくりとした説明ですが、支給要件などの詳細は、①については全国健康保険協会のホームページなどに掲載されていますし、②については厚生労働省のホームページなどに掲載されていますので、そちらでご確認ください)。

そうすると、①②の原因が交通事故である場合には、交通事故の休業損害と①②の社会保険給付の対象範囲が重なることになります。

そこで、交通事故の休業損害を請求する際には、①②の社会保険給付の知識が必要になってくるわけです。

 

休業による賃金の減少は被害者の家計を直撃しますので、加害者(の自動車保険)からの休業損害の支払いを待たずに、被害者が①②の社会保険給付の手続きを先行させていることもあります。

社会保険給付の手続きを先行させること自体は問題はないのですが、交通事故の被害者側の受任をした際には、依頼者が①②の社会保険給付の手続きをしているかどうかを早めに確認しておく必要があります。

同一の交通事故を原因とした休業による賃金の損害を填補するという意味では、損害賠償の休業損害も、①②の社会保険給付も同じですので、休業損害の計算の際に損益相殺の必要が生じるからです。

 

筆者はこれまでに複数の法律事務所で事務職員をやっていた経験があるのですが、社会保険給付との関係でいえば、通勤中の交通事故に関してのご依頼が多かったように思います。

通勤は毎日のことですから、通勤中に交通事故に遭う可能性が高いからでしょう。

そして、そのような通勤中の交通事故の場合、労災保険の対応が終わってから、損害賠償については弁護士に依頼するというケースがほとんどでした。

最初のころはそのことに気付かずに、休業損害の計算がひと通り終わったあとで、ようやく②労災保険の休業給付を受けてたことに気付いて、あわてて損益相殺を再計算したこともありました(単なる筆者の確認ミスなのですが)。

社会保険の知識がないとそういうことにもなりかねませんので、通勤中の交通事故の場合には、労災保険との関係に特に注意していただければと思います。

これに対して、①健康保険の傷病手当金については、あまり経験したことがないように思います。

今思えば少し不思議な気もしますが、もしかしたら、①の適用範囲が②に比べて狭いことが関係しているのかもしれません(適用範囲については、あとで述べます)。

いずれにしても、法律事務職としては、依頼者が①②の社会保険給付を受ける(受けている)可能性があるのかどうかを知っておくことが大切です。

そこで、今回は①②の社会保険給付を受けることはできるのはどんな人なのかということを中心にお話ししたいと思っています。

 

傷病手当金はすべての公的医療保険に設けられている制度ではありません

「傷病手当金」は公的医療保険に設けられている制度ですが、すべての公的医療保険に傷病手当金の制度が設けられているわけではありません。

傷病手当金の制度がある公的医療保険としては、会社員などが加入する「健康保険」や公務員などの各「共済組合」があります(なお、国民健康保険組合の国民健康保険にも傷病手当金がある場合があります)。

そして、「健康保険」は、全国健康保険協会(いわゆる「協会けんぽ」)が保険者である場合と、大企業などの健康保険組合が保険者である場合に分かれます。

これらの中で基本となるのが、協会けんぽの健康保険の傷病手当金です。

健康保険組合の健康保険では支給額の上乗せや支給期間の延長がなされる場合がありますし、同様に公務員の各共済組合の傷病手当金も似たようなところが多いですが、法律事務職のための社会保険の基礎知識としては、まずは協会けんぽの健康保険が理解できていれば十分だと思います。

そこで、ここでは「①健康保険の傷病手当金」といった場合には、協会けんぽの健康保険の傷病手当金のことを指すことにします。

 

これに対して、公的医療保険の中でも、都道府県・市町村の国民健康保険や原則75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度には、傷病手当金の制度がないのが一般的です。

健康保険の適用事業所ではない事業(たとえば従業員が5人未満の個人事業)に勤務する人や、フリーランスなどの個人事業主、アルバイトや非正規雇用で健康保険の要件に該当しない人などは、都道府県・市町村の国民健康保険に加入していることが多いですが、その場合、傷病手当金はもらえないということになります。

個人的な感想を言わせてもらえれば、こういった人たちも「働く人」という意味では、健康保険等の被保険者と同じはずなのですが、こういうところで差が出るのはどうにかならないものかと思うところではあります。

加害者のいる交通事故に関しては、最終的には加害者(の自動車保険)から休業損害は賠償されますが、加害者のいない自損事故などの場合には、傷病手当金がもらえるかどうかの差は大きいと思います。

 

①健康保険の傷病手当金をもらえるのはどんな人でしょうか

①健康保険の傷病手当金を受給できる人は、健康保険の適用事業所に勤務する被保険者本人です。

ここで注意が必要なのですが、個人事業主の場合には、その事業が健康保険の適用事業であったとしても、事業主本人は健康保険の被保険者にはなれないという点です。

たとえば、いわゆる法定16業種の個人事業主で、従業員が5人以上いれば、その事業所は強制適用事業所になります。

この場合、従業員は健康保険の適用事業所に勤務する被保険者本人として傷病手当金が受給可能ですが、事業主本人は被保険者ではないので、傷病手当金は支給されないということです。

身近なところでいえば、弁護士が個人経営している法律事務所の場合を思い浮かべてください。

個人経営の法律事務所は法定16業種には該当しませんが、任意適用事業所になることはできます。

その事務所が任意適用事業所となり、事務職員が健康保険の被保険者であったとしても、ボス本人は健康保険の被保険者にはなれないということです。

これに対して、会社代表者や役員であっても、労務の対償として報酬を受けている人は、健康保険の被保険者になりえますので、その場合には傷病手当金の受給可能性はあります。

先ほど例としてあげた法律事務所が弁護士法人化した場合には、ボスも法人代表者として健康保険の被保険者になりえるということです。

ただし、会社役員等の報酬は療養中も減額されないことが多いので、その意味で傷病手当金の要件をみたさずに受給できないことが多いのが実際です(ちゃんと報酬が出ているのですから、傷病手当金をもらえないのは当然なのですが)。

また、治療費で健康保険を使っている人であっても、被扶養者(被保険者の配偶者や子など)や任意継続被保険者には、傷病手当金は支給されませんので、こちらもあわせてチェックしておいてください。

 

②労災保険の休業(補償)給付をもらえるのはどんな人でしょうか

次に労災保険についてですが、労災保険の対象は、業務災害と通勤災害に分かれます。

たとえば、取引先への移動中のように勤務中に交通事故に遭ったような場合が業務災害で、出勤や帰宅時に交通事故にあったような場合が通勤災害だと考えてください。

労災保険の休業に関する給付には、業務災害の給付である「休業補償給付」と通勤災害の給付である「休業給付」に分かれますが、内容はほとんど変わらないので、ここではあわせて②労災保険の休業(補償)給付としておきます。

②労災保険の休業(補償)給付は、適用労働者(適用事業所に使用される労働者で、事業主との間に使用従属関係を有し、賃金を支払われる者)であればもらえるのが原則です。

雇用形態にはかかわりませんので、健康保険の被保険者に該当しない人(従業員5人未満の個人事業に勤務する人や、アルバイトや非正規雇用で健康保険の要件に該当しない人など)であっても、適用労働者であれば②労災保険の休業(補償)給付はもらえます。

この点、フリーランスなどの個人事業主は適用労働者ではないため、②労災保険の休業(補償)給付はもらえないのが原則です。

また、会社役員については適用労働者になる場合がありますが、代表者については適用労働者にはなりません。

つまり、会社代表者の場合、①健康保険の傷病手当金はもらえる可能性がありますが、原則として②労災保険の休業(補償)給付はもらえないということになります。

なお、どんな人でも加入できるわけではないのですが、個人事業主や会社代表者、適用労働者に該当しない会社役員などのために、労災保険には「特別加入」という制度があります。

特別加入をした場合には、②労災保険の休業(補償)給付ももらえますが、その算出方法や要件などで、適用労働者とは異なった扱いをします(発展的な内容になりますので、ここでは省略します)。

 

①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲をまとめてみましょう

①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲を簡単に図式化すると、次の図1のようなイメージになります。

赤色の円が①健康保険の傷病手当金の適用範囲で、青色の円が②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲だと思ってください。

(A)の部分は、労災保険の適用労働者ではあるものの、健康保険の被保険者に該当しない人(従業員5人未満の個人事業に勤務する人や、アルバイトや非正規雇用で健康保険の要件に該当しない人など)です。

(B)の部分は、労災保険の適用労働者であり、かつ健康保険の被保険者でもある人(健康保険の適用事業所の正社員など)です。

(C)部分に該当する人はあまりいないのですが、労災保険の適用労働者ではない、健康保険の被保険者(会社代表者や役員の一部など)です。

そして、この二つの円の外側にいるのが、個人事業主や雇用されていない主婦、学生などの人たちです(主婦や学生でも、雇用されて働いている場合には(A)や(B)の部分に該当します)。

まれにパートやアルバイトで働いていた人が、業務中や通勤中に交通事故に遭って、本来は(A)に該当しており労災保険の対象であるにもかかわらず、そのことを知らずにいることがあります(事業主でさえも知らないことがあります)。

ほとんどの場合には、受任時に弁護士の先生が確認されているとは思いますが、依頼者が労災保険についてまったく知識がなく、そういった情報を先生に伝えていないこともありえます。

法律事務職が依頼者とのやりとりの中でそういった情報を聞いた場合には、すぐに先生に伝えるようにしてください。

 

ところで、(B)の部分では、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の適用範囲が重なっています。

健康保険の被保険者本人が、業務中や通勤中に交通事故にあって、仕事を休んだような場合です。

そのような場合、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の両方がもらえるのかといえば、そのようなことはありません。

同一の交通事故においては、②労災保険の休業(補償)給付が使える場合には、①健康保険の傷病手当金は使えないという関係にあるのです。

労災保険が適用される業務災害や通勤災害には、健康保険は使えないからです(例外的に(C)に該当する小規模な法人役員が健康保険を使える場合もあるのですが、細かいのでここでは省略します)。

ところで、①と②の関係をネットなどで調べると、②労災保険の休業補償給付を受けている期間は業務外の傷病について①健康保険の傷病手当金はもらえない(①とくらべて②の方が少ない場合にはその差額しかもらえない)というような情報をみつけることがあります(昭和33.7.8保険発95号の2)。

この情報は正しいのですが、一見すると、①と②が併給できることを前提にして、その調整をしているように誤解されることがあります。

実は筆者も社労士試験の勉強をしていた最初のころには、この点を誤解していました。

しかし、よく読むとわかるのですが、これは①と②が別の原因から生じたような場合(業務災害で休業中に、プライベートで交通事故に遭ったようなケース)を想定しているのであって、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付が当然に併給されることを前提にしているわけではありません。

あくまでも、同一の交通事故から生じた休業に関しては、その原因が業務災害・通勤災害であれば②労災保険の休業(補償)給付が、それ以外の原因(プライベートで外出中に交通事故に遭ったような場合)であれば①健康保険の傷病手当金が給付されると理解しておいてください。

 

①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付はいつまでもらえるの?

支給期間についても確認しておきましょう。

まず、①健康保険の傷病手当金は、支給を始めた日から起算して1年6月が限度とされます。

この支給期間中に出勤可能となって賃金をもらった期間があった場合でも、1年6月は延長されません。

また、傷病手当金を受給し始めたのちに会社を辞めて被保険者の資格を喪失した場合であっても、一定の要件をみたせば、この1年6月は引き続き傷病手当金をもらえます。

ただし、資格喪失の際に傷病手当金をもらっていることが必要なので、会社を辞める最終日に出勤扱いになっていると、その後の傷病手当金をもらえなくなるので注意が必要です(豆知識として覚えておいてください)。

 

これに対して②労災保険の休業(補償)給付の場合には、支給期間に制限はありません(支給期間中に会社を辞めたような場合でも続きます)。

「治ゆ」(完治という意味だけでなく、症状固定も含まれます)するまで続きます。

なお、療養の開始後1年6ヶ月経過日または同日後において、症状固定をせずに、傷病等級(1~3級)に該当する場合には、休業(補償)給付から「傷病(補償)年金」という給付に変わります(傷病等級(1~3級)に該当しない場合には、治ゆするまでは②労災保険の休業(補償)給付が継続します)。

ただ、社労士試験を受けるような場合には、傷病(補償)年金もしっかり勉強しなければいけませんが、交通事故の場合、傷病等級(1~3級)に該当するようなケースでは、療養の開始後1年6ヶ月以内に症状固定していることが多いので、まずは休業(補償)給付を押さえておけば十分だと思います。

 

さいごに

今回は、休業損害に関係する①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付について、どんな人が対象になっているかについてお話ししてきました。

多様な働き方が認められるようになってきたため、どのような公的医療保険に入っているかも一律ではなくなってきました。

兼業や副業といった働き方もそれほど珍しいものではなくなっています。

法律事務職の皆さまは、まずは、①健康保険の傷病手当金と②労災保険の休業(補償)給付の基本的なところを押さえたうえで、他のケースに応用してみてください。

次回は、「休業損害②」として、受給額(いくらもらえるのか)や交通事故の休業損害との損益相殺の問題についてお話ができたらと思っています。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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社会保険労務士と学ぶ 交通事故事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 治療費

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

社会保険労務士の徳本です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は、交通事故編その1です。

ここでは、交通事故の治療費に関係する社会保険について、筆者が実務上経験したことを交えてお話ししたいと思います。

自由診療、健康保険、労災保険の3つを中心に、治療費に関する相違点や注意点などを考えていきましょう。

 

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交通事故事件では社会保険の基礎知識が法律事務職の必須スキルです

交通事故事件には、いろいろな種類の社会保険の給付が関係してきます。

医療機関で治療を受ければ、治療費の支払いのために健康保険を使うかもしれませんし、業務上の事故や通勤中の事故であれば労災保険が関係してきます。

交通事故で仕事を休むことになれば、健康保険から傷病手当金をもらったり、労災保険から休業(補償)給付を受けることもあるでしょう。

後遺障害が生じれば、国民年金、厚生年金や労災保険から障害に関する年金や一時金を受け取れるかもしれません。

死亡事故であれば、遺族に対して年金が支払われることもありますし、埋葬や葬儀に関する給付もあります。

 

このように、実務上、交通事故で社会保険を使うことは珍しいことではありません。

この点に関しては、被害者の社会保険(被害者が保険料を払っている)を交通事故に関して使うのはおかしいのではないかという意見があります。

たしかに、交通事故は加害者に責任があります。

なので、交通事故の損害賠償は、加害者が自分で全額払うか、加害者付保の自動車保険(自賠責保険や任意保険)から行われるのが原則なはずです。

しかし、損害賠償金をもらうまでの間、被害者がいったん自腹でお金を支払うというのでは、被害者の負担が大きくなってしまいます。

また、社会保険を使った方が結果として被害者の利益になる場合もあるのです(どのような場合に社会保険を使った方が被害者の利益になるのかについては、各編で触れていきたいと思っています。今回の治療費編でも出てきます)。

そういうわけで、交通事故事件では、様々な場面で社会保険を扱うことになります。

 

このように、交通事故と社会保険が切っても切れない関係にあるという現状からすれば、交通事故事件を取り扱う法律事務職にとっては、社会保険の基礎知識は必須スキルといっていいでしょう。

 

治療費に関する社会保険給付の種類と給付方法をみていきましょう

交通事故による傷病にかかる治療費については、社会保険を使わずに自由診療とする場合と、健康保険または労災保険を使う場合におおきく分かれます。

健康保険と労災保険の関係は、労災保険が使える場合には健康保険は使えないと理解しておいてください。

労災保険が使えるのは主に業務災害(たとえば勤務中に交通事故に巻き込まれた場合)と通勤災害(たとえば会社に出勤途中に交通事故に巻き込まれた場合)ですので、この2つのケースで社会保険を使う場合には健康保険ではなく労災保険を使うことになります。

これから、①自由診療、②健康保険、③労災保険の3つのケースを比べながら治療費について考えていきましょう。

 

①自由診療、②健康保険、③労災保険の3つケースで異なっている点は、治療費の額と被害者の自己負担割合の2点です。

まず、治療費の額についてですが、一般的に自由診療と保険診療(健康保険や労災保険を使った場合)では自由診療の方が高くなるとされます。

これは保険診療では診療報酬の点数単価が決まっているのに対して、自由診療ではそうではないからです(保険診療でも健康保険と労災保険では点数単価は異なります)。

一般的に①自由診療は②健康保険の1.2倍~2.0倍といわれており、医療機関によっても幅があるようです。

つぎに、被害者の自己負担の割合ですが、①自由診療はそもそも社会保険を使わないので、全額が自己負担となります。

これに対して、②健康保険の自己負担は1~3割(保険の種類、年齢や収入などによって変わってきます)、③労災保険では0(自己負担なし)が原則です。

 

保険診療の場合の保険給付の方法は、現物給付と現金給付に分かれます。

健康保険でも労災保険でも、治療費に関する保険給付は「療養の給付」といい、現物給付の方法で行うのが原則です。

現物給付というとイメージがわきにくいかもしれませんが、病院の窓口で自己負担分だけを支払えばよいということです(普段、病院に行ったとき、健康保険証を提示した場合の支払い方法ですね)。

これに対して現金給付は、いったん自分で治療費を全額を払ったうえで、あとで保険者から保険給付の部分を現金で返してもらうイメージです。

現金給付のことを「療養費の支給」(健康保険)と言ったり、「療養の費用の支給」(労災保険)と言ったりします。

これができるのは現物給付が困難である場合のように一定の要件を充たした場合に限られます(コルセットなどの治療用装具を作った場合などが該当します)。

 

交通事故の治療費の(自己負担部分の)支払方法に関しては、加害者付保の自動車保険も関係してきます。

加害者が任意保険に入っている場合、その任意保険の会社が自賠責保険も含めて一括対応することが一般的なので、被害者が自己負担部分を窓口で支払うことはあまりありません(保険会社から病院に支払われます)。

つまり、①自由診療、②健康保険、③労災保険のどのケースであっても、被害者が実際に窓口で治療費を支払うことがあまりないのです。

そのため、治療費は加害者(保険会社)が全額負担していると被害者は思い込んでしまいます。

しかし、本当に治療費「全額」を加害者が払っているのかは注意が必要です。

被害者にも一定の落ち度がある場合、それを被害者の過失として、損害額を減額する仕組みがあるからです(これを「過失相殺」といいます)。

治療費は「全額」加害者が払ったものだと被害者が思っていたら、あとになってその一部(被害者の過失割合に応じた部分)は治療費として加害者が払わなくてもよかった部分とされることがあるのです。

その場合、既に治療費として払われた被害者の過失割合に相当する額は、治療費以外の損害賠償の費目に充当処理されることになって、結果として被害者の損害賠償の取得額が減額されることもあります。

 

もう一つ治療費に関して押さえておきたい知識として、健康保険の高額療養費の制度があります。

健康保険を使ったとしても、自己負担部分がありますので、その自己負担部分が高額になり過ぎないように、所得区分などに応じて限度額が設けてあるのです。

高額療養費の場合には、現金給付(病院窓口でいったん自己負担の部分を全額払って、限度額を超えた部分を高額療養費として後から現金で返してもらう)が行われることになります。

ただ、現金給付では一時的に被保険者の経済的負担が増えますので、「限度額適用認定証等」の交付を受けることで、支払いの際に窓口で高額療養費を計算してもらって(現物給付の範囲が増えます)、窓口負担を減らすこともできます。

高額療養費を現金給付の方法で受け取った場合には、その分あとで治療費の損害額に充当する作業が必要になりますので、損害額の計算の際には注意が必要です。

 

被害者に過失のない場合には、実質的な違いはあまりありません

簡単な条件を設定して、具体的な違いをみていきましょう。

条件としては、被害者に過失はなく、治療費は①自由診療15万円、②健康保険10万円、③労災保険12万円として、②健康保険の負担割合を3割と設定してみます。

そうすると、次の図1のような結果になります。

 

(C)自己負担は、(A)治療費から(B)保険給付(健康保険や労災保険から支払われるものです)を控除したものです。(A-B=C)

この(C)自己負担とは、病院での窓口負担のことだと思ってください(実際は保険会社が払うことも多いので、被害者が治療費の窓口負担を感じることは少ないのですが、計算上は自己負担したことと同じになります)。

(E)最終的な被害者の負担は、(C)自己負担から(D)加害者への請求を控除したものです。(C-D=E)

(E)最終的な被害者の負担というのは、被害者の持ち出し部分(=自腹部分)のことです。

(A)治療費については、①自由診療15万円、②健康保険10万円、③労災保険12万円とそれぞれに異なっていますが、(E)最終的な被害者の負担はどのケースでも0円になっています。

被害者に落ち度はない(過失割合がない)のですから、①~③ともに被害者の持ち出しがないのは当然なことでしょう。

 

被害者に過失のある場合には、被害者の持ち出しが変わってくる場合があります

これに対して、被害者に過失割合がある場合はどうでしょうか。

被害者の過失割合を30%として、①~③を比較してみましょう(その他の条件は図1と同じです)。

この場合、次の図2のような結果になります。

(A)から(C)までは図1と同じです。

しかし、(E)最終的な被害者の負担は、①4万5000円、②9000円、③0円と大きな違いが生じています。

このような差が生じた理由は2つあります。

それは、

1 (A)治療費の額が違っていること

2 ②や③の(B)保険給付に関しては通常の過失では過失相殺が行われないこと

です。

1に関しては、①~③で診療報酬の点数単価が異なっているということをすでにご説明しました。

2に関しては、②健康保険や③労災保険では、保険給付が制限される場合が故意などの悪質な場合に限られており、通常の過失の場合には、保険給付を制限しないというルールがあるのです。

そのため、②健康保険や③労災保険では、通常の過失であれば、過失相殺が行われるのは(C)自己負担の部分に限られます。

しかも、③労災保険の場合には、そもそも被害者の自己負担割合がなく、(C)自己負担もありませんので、治療費に関しては実質的には過失相殺がないことと同じになってしまうのです。

この場合、被害者にも落ち度があるので、被害者にある程度持ち出しが生じるのはしかたがないのですが、①~③で大きな違いが生じることには注意が必要です。

 

保険会社から「健康保険を使ってほしい」と言われる理由

法律事務職をしていると、治療中の被害者(依頼者)に対して、加害者の任意保険の担当者が「健康保険を使ってほしい」と言っているのを聞くことがあります。

筆者も法律事務職になったばかりのころに、保険会社の担当者から「弁護士の先生に健康保険を使ってもらえるようにお伝えください」と言われて、何のことやら理解できなかったことがありました。

その主な理由は、(A)治療費の違いです。

(A)治療費の違いによって、(B)保険給付(=法律上は将来的に保険者から加害者に求償される)や(D)加害者への請求も変わってくるので、①自由診療のケースでは加害者の保険会社が負担する金額が保険診療の場合に比べて高くなってしまうのです。

加害者の保険会社としては、少しでも負担額を少なくしたいということです。

 

ただ、①自由診療を避けるのは、加害者(の保険会社)のためばかりではなく、被害者の利益になることもあります。

すでにみたように、被害者に過失割合がある図2のケースでは、①自由診療では被害者の持ち出しが多くなってしまいます。

また、被害者に過失割合がない場合であっても、治療期間に争いが生じ(症状固定の時期の争いと言ってもいいでしょう)、被害者が想定していたものより治療期間の認定が短くなってしまった場合、原則として症状固定後の治療費は損害賠償の範囲には認められないので、その部分が丸々被害者の持ち出しになってしまうことも考えられます(この場合、そもそも症状固定後に保険診療ができるのかという、法律上の問題があるように思うのですが、実務上は保険診療を前提にしています)。

他にも、加害者が任意保険に入っていないので、できるだけ治療費を安く抑えて、自賠責保険の限度額(120万円)を有効につかいたいというような場合も考えられます。

 

このような保険会社からの要請に対して、被害者(依頼者)の中には「どうして自分の健康保険を使わないといけないのか」と憤りを感じる人もいらっしゃいます。

被害者である自分が保険料を払っている健康保険を使うことに心理的な抵抗があるという理由ならまだ理解できます。

しかし、よくよく理由を聞いてみると、「来年の保険料が上がったらどうするのか」という点を心配されていることがあるのです。

これは、自動車の任意保険を使うと、翌年からの保険料が上がる(正確には減額の割合が少なくなる)という話と同じように考えておられるようなのです。

これは明らかに誤解です。

健康保険料には、どれだけ使ったかによって保険料がかわる仕組みはありません(ちなみに、労災保険料は全額事業主負担ですので、そもそも労働者の保険料負担はありません)。

その点は誤解のないようにしたうえで、①自由診療のリスクもあわせて説明することになるでしょう。

もちろん実際は弁護士の先生がご説明されるでしょうから、法律事務職としては依頼者の不安が誤解によるものであるということを、弁護士の先生にしっかりお伝えしてください。

 

治療費関係で法律事務職がかかわる社会保険手続き

筆者の経験上、交通事故の被害者が弁護士に依頼するタイミングは、傷病が症状固定したあと、保険会社との交渉が思うようにいかなくなってからというケースが多いように思います(もっと早くご依頼を受けられればと思うケースもたくさんありましたが)。

そのような場合には、すでに治療が終わっていますので、治療費関係に関する法律事務職の仕事としては、弁護士の先生の指示にしたがって、診療報酬明細書や領収証などをもとに、損害額や請求額を集計する作業がメインになります。

ときどき療養費や高額療養費の支給申請の書類作成の事務作業をお手伝いしたりもしますが、それほど多くはなかったように思います。

 

それ以外には、第三者行為(災害)に関する書類の作成を依頼者から相談されることが比較的多いように思います。

「この書類を出すように言われているのだけど、どう書いたらいいのでしょうか」というような感じです。

健康保険の場合には「第三者行為による傷病届」、労災保険の場合には「第三者行為災害届」というふうに微妙に違いますが、要は加害者のある事故などによって社会保険を使う場合に出す書類です。

将来の保険者から加害者への求償のためなどに必要となる書類ですので、ちゃんと提出しなくてはなりません。

ただ、この書面は関連書類の作成や添付書類の収集もいろいろあって、結構面倒くさいです。

事故発生状況を図面に書いて説明したりする書面もありますので、実況見分調書の図面や自賠責保険に加害者請求によって提出された図面などを参考に作成することになるでしょう。

弁護士の先生の決裁をスムーズにいただくには、それなりに数をこなすしかないかもしれません。

 

さいごに

交通事故事件においては、社会保険の知識が必須スキルだと最初にお話しました。

これは法律事務職経験のある社保険労務士としての、筆者の経験上の実感です。

筆者は社会保険労務士なので、交通事故の損害賠償については、社会保険の基礎知識に必要な範囲でしかご説明できませんが、法律事務職として交通事故の実務ではいろいろなケースを経験させてもらいました。

当時は社会保険労務士ではありませんでしたし、社会保険の知識もほとんどありませんでした。

ですので、法律事務職としては、必要に応じて手探りで社会保険と向き合ってきたのが実際のところです。

仕組みがよくわからずに、困ったことも少なくありませんでした。

法律事務職経験のある社保険労務士だからこそ、法律事務職の失敗どころや混乱どころも経験上わかっているつもりです。

そういった経験をふまえて、交通事故に必要な社会保険の基礎知識をお伝えできたらと思っています。

休業損害に関する損益相殺の問題や逸失利益と障害年金の関係など社会保険の基礎知識がなければ、よく理解できない問題も多いように思います。

こういった点も今後のシリーズで触れていきたいと思っています。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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年金事務所で送付先変更をしようと思ったら、やたらと金融機関や口座名義の変更欄を書くように「協力」を求められる

成年後見人就任後に年金関係の書類を成年後見人宛てに発送してもらうために、日本年金機構(年金事務所)に送付先変更の手続きをすることがあります。

その際には「年金受給者 通知書等送付先・受取機関・口座名義変更申出書」(この書式は「住民基本台帳による住所の更新 停止・解除 申出書」も兼ねています)を提出します。

この送付先変更の手続き自体はそれほど複雑なものではないのですが、送付先変更の申出をする際に、なぜかいつも面倒なことに巻き込まれます。

それは送付先の変更欄だけでなく、年金の受取口座の変更欄や口座名義の変更欄の記載まであわせて求められるのです。

理由は簡単で、この申出書では、送付先だけでなく年金の受取機関や口座名義の変更も同じ書式で行うようになっているからです。

成年後見人が就任した際に、金融機関の口座名義に本人の名前だけでなく成年後見人が肩書付きで記載されることがあるので、同じ書面で手続きが行われるようにできているのでしょう。

たとえば、本人Aさん、成年後見人Bさんだった場合、それまでの口座名義は「A」のみだったものが、その金融機関に成年後見の届出をした後は口座名義が「A 成年後見人 B」とされることがあります。

ただ、この場合であっても金融機関も口座番号も変わりませんし、当該口座そのものがAさんのものであることには変わりはありません(成年後見人Bさんの口座に変更されたわけではないのです)。

また、ゆうちょ銀行では成年後見の届け出後も口座名義は「A」のままですし、他の金融機関でも、成年後見の届け出後の口座名義を「A」のままにしておくか「A 成年後見人 B」とするかを選べるところも出てきました(もちろん「A 成年後見 B」に必ず変えるところもありますが)。

つまり、成年後見人がついたからと言って、必ずしも口座名義が変わるというわけではないのです。

そういうわけで、筆者の場合には送付先変更に必要な部分だけを記入し、変更のない場合には金融機関や口座名義の欄は空白にして書類を提出するようにしています。

その部分に変更はないのですから、その欄を書く必要はないはずなのです。

ところが、必ずと言っていいほど、年金事務所の窓口で金融機関や口座名義の欄を書くように求められます

それも、書く必要はないけれど確認のため「協力してほしい」というのです。

筆者は内心「またか」と思いながらも、金融機関も口座番号も口座名義も一切変わっていないことを説明し、場合によっては通帳を提示したりもします(通帳のコピーを取られることもあります)。

そこまですると、たいていの場合には、窓口の人が上司に相談し(そこから電話で照会し)、ようやく「それではこのままで受け付けます」と言われます(ときにはどうしても「協力してほしい」と言い続けられ、こっちが折れて「協力する」こともありますが)。

対応を待つ時間がもったいないので、いっそのこと変更のない場合でも書いておいた方がいいのかなとも思うのですが、お互いに業務の負担を増やすようなことは避けるべきだと思っているので、いつかこの取り扱いが改善されることを信じて、必要のないものはあえて書かないようにしています。

この話を他の成年後見の事務に従事している人に聞くと、意外と皆さん同じような経験をしておられるようで、「あれって時間と労力の無駄だよね」と苦笑いされます。

この点は内部マニュアルの改訂で対応できるところだと思いますので、業務の効率化のためにぜひとも改定を検討していただきたいところです(少なくとも申出人が変更不要だと言っている確認がとれた場合には、協力するまで受け付けないといった執拗な協力要請だけは控えていただきところです)。

 

介護施設の契約時にとにかく本人の印鑑を押してほしいと言われる

成年後見人は本人の法定代理人ですので、本人に代わって契約をすることができます。

ですので、介護施設の入所の際などには、成年後見人が本人に代わって契約を行います(そのために成年後見人を付けることも少なくありません)。

最近では、成年後見制度もそれなりに普及してきたようで、契約書の当事者欄に、「本人」欄と「代理人(成年後見人等)欄」が設けてある書式も多くなってきました(ひと昔前は、その欄がなかったので困ることもあったのですが、その点はずいぶん改善されてきたと思います)。

ただ、まだ困ったことがあるとすれば、「本人の印鑑を押してほしい」と言われることが少なくないという点です。

たしかに、書式の「本人欄」のところに「押印」欄があるので、どうしても「ここに印鑑をお願いします」と言ってしまうのはしかたのないことかもしれません。

しかし、成年後見人に本人に代わって記名押印する権限があるのかどうかという法的な問題は別にして、法定代理人である成年後見人がその旨を示して契約をしようとしているのですから(登記事項証明書などを提示すれば、成年後見人であることはわかります)、そこに本人の印鑑を押す必要はないはずです。

実際のところ、成年後見制度の概要を説明したうえで、「本人さんが印鑑を押せない状態なので、成年後見人がついているんですよ」と説明すれば、ほとんどの場合には、本人の記名(押印不要)と成年後見人の記名押印のみで対応してくれます。

それでも施設の担当者さんが成年後見制度に慣れていない人の場合には、説明や確認に時間を要することもあります。

「本人の印鑑」問題は、ここ数年でずいぶん改善されてきたように感じますが、まだまだ十分に理解されているとは言えないのが現状だと感じます。

 

本人さんの入院時にはいろいろと「できないこと」を要求される

成年後見人は本人の法定代理人だからと言って、すべてのことを本人に代わってできるわけではありません。

成年後見人には「できないこと」も意外と多いのです。

たとえば婚姻や養子縁組などといった身分行為もそうですし、遺言を代わりに作成することもできません。

成年後見人が本人に代わって、誰と結婚するかを決めることができないのは当然といえば当然ですので、このあたりは、成年後見人の「できないこと」として比較的理解しやすいところではないでしょうか。

ただ、成年後見人の「できないこと」は、こういった身分行為には限られません。

他にも様々な理由で「できないこと」はあります。

そして、その「できないこと」が顕著になるのが、本人が医療機関に入院するときです。

その最たるものが「医療同意」です。

医療目的とはいえ、自分の体を傷つける医療行為(手術など)については、その違法性を阻却するために、医療機関から事前に本人の同意(ないし家族の同意)が求められることがあります。

場合によっては、本人の同意+家族の同意の二つを求めてくることもあります。

医療機関のリスクマネジメントのために医療同意の求め方が過剰になっているのではないかという問題はあるにしても、現実問題として求められるのだからしかたありません。

そして、本人に意思能力がなく、近しい家族もいないとなると、医療機関は成年後見人に「医療同意」を求めてきます。

成年「後見人」という日本語の響きに、どこか「親代わり的」なイメージがあるのも確かです。

そういった「親代わり的」なイメージが、成年後見人なら本人の代わりに「医療同意」ができるのではないかという期待に繋がりやすいのかもしれません。

しかし、成年後見人は「医療同意」はできないのが原則です(自分の体を傷つけることに対する同意は、他人が代理することではないからです)。

成年後見人に医療同意権がないという問題については、成年後見制度の利用促進法制定の議論時に結構話題になったのでそれなりに知られてきたように思いますが、それでもまだまだ現場では周知されているとはいえないのが現状です。

この「医療同意」問題以外にも、入院時の身元保証人、身元引受人、入院保証人等も「できないこと」の一つです(利益相反があるという理由です)。

さらにいえば、入院時の付き添いや送迎といった「事実行為」も成年後見人の本来業務ではありませんし、直接的に入院中の本人のお世話をすることも「できないこと」です(事実行為については、できる範囲で成年後見人が個人的に対応することはありますが)。

このように、本人の入院時は成年後見人の「できないこと」だらけなのです(入院契約や入院費の支払はできますが)。

これから独居の高齢者が今以上に増えてくることが予想されているのですから、そういった人が入院する機会も当然増加するでしょう。

現場のニーズからここまで乖離した現状を、本当にこのままにしておいていいのかと不安になってきます。

この点については、成年後見人のできることを増やしていくという方向性だけでなく、医療同意や身元保証等がそもそも必要なのかという問題を法的に解決しないといけないと思いますし、必要な事実行為をお願いできるシステムを社会的に整備していってほしいと思っています。

 

さいごに

このように成年後見人が現場で困っていることというのは、あげればきりがありません。

その中でも、ちょっとしたマニュアルの改善や書式の改定などをすれば直ぐにでも効率的な取り扱いが可能になるものから、法的な明示や社会的な整備などがなければ抜本的な解決ができないものまで、問題の本質も一律ではありません。

ただ、現場で生じる色々な困りごとは、放置しておけば何も変わりませんが、それを集めて、声を出していけば、改善に繋がることもあります。

実際に、数年前にくらべると、金融機関も行政機関も医療機関も介護施設も、格段に成年後見制度への理解が進み、使いやすいように仕組みが整えられてきました。

現場の声が届いて、使い勝手の良いように工夫されてきた証拠だと思います。

これからも、少しでも不便な点が改善されていくように、成年後見業務に取り組んでいいきたいと思っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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成年後見事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識 その1

オフィス北浦のブログサイトにようこそおいでくださいました。

社会保険労務士の徳本です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は、成年後見事務編その1です。
ここでは、社会保険の送付先変更手続きを中心に、筆者が実務上経験したこと交えてをお話ししたいと思います。
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送付先変更手続きを忘れずに

成年後見人の就任が確定したら、年金や医療保険(国民健康保険や後期高齢者医療保険)、介護保険の保険者などに郵便物などを本人ではなく成年後見人宛てに送ってもらえるように送付先変更の手続きをするようにしましょう。

年金額の把握や保険料の管理、各種給付金の申請など、保険者などから送付される文書は大切な情報です。

本人に直接送付されると紛失などのおそれもあり、必要な手続きの機会を喪失してしまう可能性もありますし、それによりもらえるはずの給付金が消滅時効にかかってしまってもらえなくなったとすれば、成年後見人の責任を問われる可能性もあります。

本人や同居の家族がどうしても自分たちで管理したいという意向をもっておられるなら話は別ですが、成年後見人が事情を把握し迅速に対応するためにも送付先変更はしておいた方がよいと思います(まず成年後見人が受け取って、必要な手続きが終わったら本人や家族に渡すということでもよいのではないかと思います)。

筆者が経験した事案では、給付金の書類を受け取った家族が自分の口座に入金しようとしていたようなケース(委任状を本人に作らせたようです)や、必要な書類の提出が遅延したため年金支給が一時的に差し止めになったようなケース(ある月に障害年金が入金されていなかったので年金事務所に確認したところ、書類の未提出が判明しました)もありました。

 

医療保険や介護保険の送付先変更手続き

国民健康保険や後期高齢医療保険といった医療保険や介護保険の場合には市区役所など行政機関の窓口で送付先変更の手続きが行えます。

手続きの書式や方法は市区役所ごとに異なっていて、これらの送付先変更の手続きを1枚の書式で一括して行えるところもあれば、各窓口に別々に行わないといけないところもあります(送付が必要な書類毎にチェックをする場合もありますが、特段の事情がなければ全部の欄にチェックをしておいて差し支えはないと思います)。

送付先変更を行うことで、被保険者証(いわゆる保険証)そのものや、保険料の額の確認や支払の管理、給付請求などに必要な書類が成年後見人宛てに送られるようになります(介護保険の場合には更新手続の書類も重要です)。

なお、この手続きの際に、住民税や固定資産税などの送付先変更の手続きもやっておくとよいでしょう。

これに対して、本人さんが就労をしていて会社員などが入る医療保険(健康保険)の被保険者である場合(まれに成年後見の場合でも就労している人はいらっしゃいます)や家族の健康保険の被扶養者になっているような場合などには、送付先変更の手続きは特に必要ありません(必要な手続きは事業主を通じて行うのが原則です)。

ですので、本人が家族の健康保険の被扶養者になっているのかどうかは、かならず確認するようにしておきましょう。

 

国民健康保険や後期高齢者医療保険には扶養制度はありません

「扶養」という言葉が出てきましたので、これに関連して覚えておいてほしい社会保険の基礎知識があります。

それは、国民健康保険や後期高齢者医療保険には「扶養」という制度はないということです(介護保険にも扶養という制度はありません)。

たまに、国民健康保険や後期高齢者医療保険の場合でも、「世帯主の扶養に入っている」と誤解している人がいますので、注意しておきたいところです。

扶養に入る場合とそうでない場合との大きな違いは保険料です。

会社員などが入っている健康保険であれば、「家族を扶養に入れる」という手続きをとれば、扶養に入った家族(被扶養者)に保険料は発生しません(しかも、ほとんどのサービスが受けられます)。

このように扶養制度はかなりお得なものなのですが、そのために扶養に入るには、被保険者との関係性だけでなく、同居の有無や収入の額などにより、その要件は厳格に決められています。

これに対して、国民健康保険や後期高齢者医療保険では、被扶養者になる(=保険料が発生しない)という制度はないので、被保険者それぞれに保険料が算定されることになります(なお誰がその保険料を支払わなければならないかについては、別の機会にお話しできればと思っています)。

たとえば、障害のあるAさんが会社員である親Bさんの健康保険の扶養に入っている場合には、Aさんの保険料は発生しませんが(そのためにBさんの保険料が上がることもありません)、Bさんが会社員をやめてAさんもBさんも国民健康保険に入った場合には、AさんBさんそれぞれに保険料が計算されるということです。

 

有期認定の障害年金の送付先変更手続きはお早めに

次に、年金の場合ですが、公的年金の場合の送付先変更の手続きの書式は全国統一です。

しかし、受給している年金の種類で窓口が若干異なります。

基礎年金(国民年金)や厚生年金を受給している場合(併給の場合も)には年金事務所で手続きを行うことができますし、基礎年金(国民年金)だけを受給している場合であれば、市区役所でも手続きを行うことができます。

送付先変更を行うことで、年金振込通知書や源泉徴収票(老齢年金の場合)などの書類が成年後見人宛てに送られるようになります。

これらの書類は本人の収入を確認するうえで重要な役割を果たします(裁判所への報告の際にこれらの書類の写しを添付することもあります)。

また、障害年金(障害基礎年金や障害厚生年金)の場合には、一定期間毎に「障害状態確認届」(診断書)などの書類を出す必要があるケースもあります(こういうケースを有期認定といいます)。

有期認定の場合に必要な書式は年金機構から郵送されてきますので、成年後見人としてはしっかりとした管理が必要になってきます(そのためにも送付先変更手続きは早めに行っておいた方がよいでしょう)。

書類の提出が遅れると年金の支給が一時的に差し止めになる場合もありますので、注意が必要です(差し止め後であっても、ちゃんと書類を提出して支給停止にならなければ、差し止められた部分もまとめて支給されますが、5年の消滅時効の問題もあるので、できるだけ速やかに書類を提出してください)。

また、企業年金(いわゆる3階部分)を受給している場合には、それぞれの機関で手続きを行ってください(郵送で対応してくれる場合が多いですので、それぞれの機関にご確認ください)。

企業年金の場合にも「現況届」が必要になるケースもありますので、送付先変更手続きにより書類の管理が求められます。

 

さいごに

正直なところ、成年後見業務の開始時には色々とやることが多いので、社会保険の送付先変更手続きは、金融機関への届出などと比べると、つい後回しにしてしまいがちな手続きだと思います。

その気持ちはよくわかるのですが、必要な書類を受け取れなかったために、保険料の支払が遅れれば督促料などが発生することもありますし、年金が一時差し止めになれば収入がストップするといった不利益も発生します。

損害額としては大きくないかもしれませんが、本人や関係者との信頼関係に与える悪影響もあります。

こういった細かい事務手続きこそ、法律事務職としては、迅速かつ正確にこなして、弁護士の先生をアシストできるようにしたいものです。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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相続事務で覚えておきたい社会保険の基礎知識

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社会保険労務士の徳本です。

筆者が法律事務職として働いているときにはよく知らなかった社会保険の基礎知識について、法律事務職の皆さま向けにまとめてみたいと思います。

今回は、相続事務編です。

厳密には相続事務には含まれていないものもあるのですが、被相続人の死亡の場面で出てくる社会保険の基礎知識について、筆者が実務上経験したこと交えてをお話ししたいと思います。

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 年金は月単位で発生する(=日割りにはならない)

まず押さえておきたいのが、年金受給者が死亡した場合に年金はいつまでもらえるのかということです。

結論から言えば、死亡日の属する月の全額が発生します。

つまり、1日に亡くなっても、末日に亡くなっても、その月の年金は全額が発生するということです。

法律事務職をやっていると、不動産売買での固定資産税負担の計算や家賃(ないし家賃相当額の損害金)計算の場面などで「日割り」のくせがついている人も多いのではないかと思いますが、年金の受給額に関しては日割りではなく月単位で計算するということは覚えておいて損はないと思います。

たとえば、受給者が4月16日に亡くなったとすれば、4月分の年金は1ヶ月分全額もらえるということです。

筆者が法律事務職をやっていた際に、年金事務所(当時の社会保険事務所)に電話で死亡後の年金のことを問い合わせたことがあったのですが、日割りを前提に話をしていたので、なかなか話が噛み合わなかった経験があります(今思えば、少し調べてから電話すればよかったのですが、日割りを当然のことだと思っていたのだと思います)。

 

未支給年金の受給権者は民法の相続のルールとは異なる

ところで、年金は偶数月の15日に前月までの2ヶ月分が支給されるのが原則です。

たとえば、4月15日に支給された年金は、2月、3月分の2ヶ月分ということです。

とすれば、次のような問題が発生します。

それは、1日に亡くなろうが、末日に亡くなろうが、その月の年金はまだ支給されていないという問題です。

たとえば、受給者が4月16日に亡くなった場合、既にみてきたように4月分の年金は1ヶ月分全額が発生することになるのですが、4月15日に支払われた年金は2月分、3月分のものですので、4月分はまだもらっていないということになるのです。

これを「未支給年金」といいます(死亡した月が偶数月か奇数月か、死亡した日が15日より前か後かによって、1~3ヶ月分が未支給年金となります)。

こういう話になると、法律事務職としては、「まだもらっていないお金があるならば、相続手続で帰属を決めるのだろう」と思うのではないでしょうか(一時期、筆者もそのように考えていました)。

しかし、結論から言えば、基礎年金(国民年金)や厚生年金の未支給年金については、民法の相続手続によってではなく、未支給年金独自の規定に従ってもらえる人が決まっているのです。

未支給年金を受け取ることができるのは、年金受給者が亡くなった当時、その人と生計を同じくしていた、(1)配偶者 (2)子 (3)父母 (4)孫 (5)祖父母 (6)兄弟姉妹 (7)その他(1)~(6)以外の3親等内の親族です(未支給年金を受け取れる順位もこのとおりです)。

ポイントは2つあります。

1つ目のポイントは、民法上の法定相続人の規定とは異なること(3親等内の親族にまで拡張されています)です。

2つ目のポイントは、「死亡した受給者の死亡時に生計を同じくしていたこと」という要件が加わっていることです(生計同一要件といいます)。

これは何を意味するかというと、たとえ民法上の法定相続人であっても、生計同一要件を満たさなければ、未支給年金はもらえないということです。

たとえば生前にまったく交流のなかった人が亡くなった場合には、第1順位の法定相続人であったとしても、生計同一要件を満たせないので、未支給年金を受給することはできません(相続人と未支給年金の受給権者が別人になることもありますし、そもそも誰も未支給年金がもらえないということもあります)。

生計同一要件の有無の確認は、相続手続に慣れている法律事務職ほど見落としやすいところですので、注意が必要なところです(つい、普通の相続手続と同じに考えてしまうんですよね)。

 

遺族基礎年金は受給できる人が子育て世帯に限られている

最後は、相続とは直接関係はないのですが、配偶者が亡くなった場合の「遺族年金」について、基礎的な知識を確認してみましょう。

法律事務職が相続事務にあたる際に、被相続人の配偶者とお話する機会は少なくありません。

その際に遺族年金の話題が出てくることもありますので、ある程度の知識は持っておいた方がよいと思います。

まず、一言で「遺族年金」と言っても、遺族基礎年金(国民年金)と遺族厚生年金の2つがあります。

そして、この2つは受給要件が大きく異なる制度です。

まず、遺族基礎年金についてですが、筆者が法律事務職をやっている間に、この遺族基礎年金を受給している人に会ったことはありませんでした。

というのも、遺族基礎年金の対象者は、死亡した者によって生計を維持されていた、(1)子のある配偶者、(2)子に限られているのです。

さらにここで「子」というのは、「18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない子」または「20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級の子」のことです。

覚えておいてほしいことをざっくり言えば、遺族基礎年金は「高校卒業までの子」か「20歳未満の障害者の子」がいる場合でなければもらえないということです。

つまり、子のいない夫婦や、子が既に大きくなった夫婦の一方が亡くなった場合には、遺族基礎年金は発生しないということです(当初はこれらの要件に該当する子がいたとしても、その子のすべてが子の要件に該当しなくなれば、遺族基礎年金はもらえなくなります)。

そういうわけで、遺族基礎年金を受給できる(している)人というのはそれほど多くはないのです。

これに対して、遺族厚生年金の対象者は、かなり異なります。

それは、死亡した者によって生計を維持されていた、(1)妻、(2)子、孫(18歳到達年度の年度末を経過していない者または20歳未満で障害年金の障害等級1・2級の者)、(3)55歳以上の夫、父母、祖父母(支給開始は60歳から。ただし、夫は遺族基礎年金を受給中の場合に限り、遺族厚生年金も合わせて受給できる。)です。

遺族厚生年金で覚えておいてほしいポイントは2つです。

1つ目は、子の有無にかかわらずに受給できるということ。

2つ目は、妻には年齢制限はないですが、夫には年齢制限があるということ。

ですので、遺族厚生年金を受給している人(特に女性)に会うことは比較的多いです。

65歳以上であれば併給もできますので、老齢基礎年金に加えて遺族厚生年金(+老齢厚生年金)を受給しているという人もいらっしゃいます(前述のとおり遺族基礎年金は受給対象者が限定されているので、いわゆる1階部分は老齢基礎年金をもらいつつ、2階部分は遺族厚生年金を併給するという仕組みです)。

遺族年金については、年金事務所で受給の可能性や見込み額などについて相談することもできますので、忘れずに確認するようにしてください。

 

さいごに

社会保険の手続については細かいことも多く、弁護士の先生であってもすべてを完璧に覚えておられる先生は多くはないと思います。

法律事務職として社会保険の基礎知識を学ぶことは、弁護士の先生のためにも、依頼者のためにも有意義なことだと思っています。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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